カテゴリー「◆大河ドラマの舞台」の26件の記事

2017年7月10日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり13~太刀洗の池~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

前記事に続き、浜松市中心部に近い史跡です。

直虎の友でもあったといわれる瀬名姫。
のちの築山殿(徳川家康の正室)に関連する地。

あまり良い意味で「ゆかりの地」とはいえないのですが・・・

太刀洗の池(たちあらいのいけ)

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家康と築山殿の長男・信康に嫁いだのが
織田信長の長女である徳姫。

しかし、徳姫は、築山殿との折り合いの悪さから
信長に、信康と築山殿に「謀反の疑いあり」の訴状を送ったことから
信長は、家康に対して信康と築山殿の処刑を命じます。
(これに関しては諸説あります)

1579年8月、築山殿は、
(家康に招かれて)岡崎から浜松城に向かう途中に
家康の家臣・野中重政と岡本時仲によって殺害されます。

その場所がこの付近、小藪村と呼ばれていた地で、
血の付いた刀を洗った池がこのあたりにあったと
伝わります。

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現在は、石碑や写真のついた案内板が残っているだけです。

P1030879s

ちょっと奥に行ってみましたが・・・

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池というより水路のようになっていました。

訪ねたのは4月上旬で、桜が見ごろの季節。

P1030878s

天下を取り、太平の世を築いた徳川家康の妻でありながら
その道半ばで命を落とした築山殿を弔うようでした。

ここは、浜松医療センターという病院の駐車場の一角。

P1030882s

駐車場は有料ですが、30分までは無料です。

こちらも周辺史跡とあわせての散策がオススメです。



pc太刀洗の池 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)





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2017年6月28日 (水)

「直虎」ゆかりの地めぐり12~西来院~

大河ドラマ「おんな城主・直虎」で、間もなくここも
ゆかりの地として注目を集めるかもしれない・・・というわけで
予習を兼ねて浜松市内のこちらへ行ってきました。

西来院(せいらいいん)

P1000188s

正式には高松山(こうしょうざん)西来院といい
曹洞宗の寺院です。

15世紀前半に、月窓義運禅師が開創。
徳川家康の正室・築山殿(つきやまどの)を祀るお寺として
知る人ぞ知る、なお寺です。

多分、浜松市民といえどもご近所さんか
歴史マニアでもない限り知る人は少ないのでは?

浜松市内でも中心部にほど近く
屈指の高級住宅街であるここに、
こんな緑に囲まれた場所があったのかと驚きました。

P1000163s

実は、裏側からまわりこんでしまいましたsweat01
(駐車場がないと思って某所から歩いて行ったので・・・)

冒頭の写真の表門から入れば、数台分の駐車場がありましたparking

P1000186s

駐車場脇の六地蔵

P1000187s

参道の紫陽花がちょうど見頃を迎えていました。

P1000166s

右側には立派な藤棚もありました。

そして、正面に見える一風変わったエキゾチックな建物

こちらが本堂になります。

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さすが、徳川の三つ葉葵の御紋が輝いていますshine

拝観受付のようなものはありませんでしたが、
扉も開いていたので、中に入り拝観させていただきました。

ご本尊は 釈迦牟尼仏(釈迦如来とほぼ同じ意味?)

境内の案内図というのは特になく、
事前に調べた情報では、築山殿の祀られるお堂が別に
あるようなので・・・

墓地の入口へ

P1000174s

暗くて、昼間でもちょっと怖いshock

入ってすぐ右に進み、突き当りを左へ行くと・・・

小さなお堂がありました。

P1000177s

月窟廟(げっくつびょう)

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徳川家康の正室として一男・一女をもうけながらも
嫡男の信康とともに謀反の疑いをかけられ殺害されました。

信康の妻となった徳姫(織田信長の長女)との嫁姑関係の悪化とも
信長は関係なく、徳川家の陰謀説など真相は定かではありません。

いずれにしても悲運な女性であることには変わりなく
徳川家康の正室でありながら
あまり描かれることのない女性が、
悪女キャラの奈々緒さんによって、
ドラマでどう描かれ、演じられるのか楽しみです。

廟の内部には石碑があり、お詣りできます。

「築山」という名前は、岡崎で居住した場所。
若い頃は、こちらも地名由来の「瀬名」と呼ばれていました。

余談ですが・・・私は静岡市の瀬名というところに
2年ほど住んでいたことがあったのですが
あの地名から「瀬名姫」だとは驚きですhappy02

浜松市民として耳にするのは「築山殿」
同一人物だったとは・・・まだまだ勉強が足りませんsweat01


浜松市の中心部付近は、大河ドラマ関連というよりは
「出世のまち・浜松」として
若かりし日の徳川家康に関連のある地をめぐる
「家康の散歩道」というルートが設けられています。

浜松市博物館にある看板

P1000189s

西来院もこのコースのひとつとなっています。

せっかくならあわせて数か所巡ってみるのもよいかも。

pc西来院 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)




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2017年6月 3日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり 番外編~大河ドラマ館~

「直虎」ゆかりの地めぐり 番外編です。

史跡ではありませんが、
期間限定の旬の観光スポット NHK大河ドラマ館

P1000052s

浜松市北区役所前のみをつくし文化センターホールが会場。

大河ドラマ館を訪れた前日から
ドラマの舞台もこの地「気賀」になったというタイミング。

天竜浜名湖鉄道の気賀駅も隣接しています。

JRの浜松駅からは(乗り換え含め)若干時間がかかりますが、
ノスタルジックな雰囲気では、イチオシの鉄道です。

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今年限りの”おめかし”です。

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タイミングがよければ、ラッピング列車に出会えるようです。

駅舎、ホームともに登録有形文化財となっています。
(昭和初期の建造)

無料駐車場は気賀関所を隔てた西側にあります。

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平日だったせいか誘導もなく、看板もわかりにくい表示でしたweep

駐車場からドラマ館までは気賀関所の中を通り抜けます。

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(大河ドラマの期間中は入場無料です)

この関所、東海道のう回路として作られた街道沿いにあり、
徳川家康が1601年に設置しているそうです。(現在のものは復元)

で、やっとドラマ館へcoldsweats01

P1000053s_3

といっても毎回お約束で 展示物はほとんどが撮影禁止ng

エントランスの記念撮影スポット

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内部の撮影は、俳優さんの肖像権やら何やらで
厳しくNHKからお達しが出ているのだと思います。

係の方が入口でしつこいくらいに注意していましたから・・・

実は、ドラマのストーリーが進行してからのほうが
大河ドラマ館も楽しめるかな、と時期を選んでいたのですが
気が付いたら3度目の展示入れ替え直後ということでした。

話題の中心は井伊谷から気賀へ

衣装やパネルなど 毎回大きな流れはどこも似ていますが
やはり、地元が舞台ということもあり
メイキングの映像は興味深かったです。
(我が家からほど近い中田島砂丘でもロケがありました)

唯一の撮影可能エリアがこちら

P1000055s

森のような雰囲気の中にある井戸端

ドラマ初回からキースポットにもなっています

P1000060s

井戸は撮影しても良いけど、中に映る映像は「撮影禁止」
ちょっと面倒臭いですねsad

直虎のほかに、直親、政次もいます。

P1000064s_2

実は、この前日に
サプライズで政次役の高橋一生さんがドラマ館を訪れました。 

(撮影禁止ですが)、書きたてのサインがパネルに記されていました。

ここまでのドラマの感想は
全体にガチャガチャした印象なのが不満ですが
(年々、重厚感が薄れて喜劇っぽくなってきています)
政次の陰のある姿や南渓和尚の落ち着きっぷりが
その分際立っていますね。

また、領内だけでストーリーが進んでいて
戦がない(あってもナレ死・・・)ので、やや盛り上がりに欠けますが
この先、三方原や長篠がどう描かれるか
家康や信長といった大物との絡みも期待したいです。

見学後は、関所の隣にあるおみやげショップへ

P1000080s

先日、浜松駅前にある「出世の館」に行って
グッズを購入しているので、あまり期待していきませんでしたが
また、新しいものに飛びついてしまいました~

P_20170602_234012_2

今後は、浜松市の中心部に近い史跡も登場しそうな予感ですので、
引き続き、気まぐれにゆかりの地めぐりをしていきたいと思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil大河ドラマ館と地域遺産センター (2017.5)

pencil浜松出世の館 (2017.2)

pencil直虎ちゃんグッズ (2017.2)

pencil続・直虎ちゃんグッズ (2017.4)

tv大河ドラマ館 (平成30年1月14日まで)






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2017年5月29日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり11~松下屋敷跡~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

頭陀寺(ずだじ)に隣接した小さな公園

松下屋敷跡

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松下家とは、戦国時代にこの周辺を治めていた国人領主。

その屋敷がここにあり、別名・頭陀寺城と呼ばれていました。

100m四方ほどの敷地は、堀で囲まれ
土塁が築かれていたようです。

小さいながらも「お城」の形をとっています。

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15年ほど前に行われた発掘調査の結果
生活の跡がわかるような陶器類などが多数発掘されたとか・・・

しかし、お屋敷の中心だった場所は
南北に広い道路が通り、
さらに沿道は「かっぱ寿司」の店舗と広い駐車場になっています。

P1030424s

公園から東側を臨む

この道、よく通りますが、
そんな歴史を知ったのは、つい最近のことですwobbly

公園内の一角には石碑があり、少し小高くなっています。

P1030421s

このあたりは、屋敷の西北にあたる場所で、
土塁の跡が若干残っているようです。

かつては、松下稲荷がここにあったそうですが
現在、隣接する頭陀寺に祀られています。

ここが、「直虎」ゆかりの地である理由は・・・

直政(虎松)の母親が
松下家の一門である松下清景に嫁いだ(再婚)ことから
虎松も松下家の養子に入ります。

その後、徳川家康に取り立てられ、
井伊家再興を成し遂げていくこととなります。

また、「直虎」に関連してくるかは現在未定ですが
これより時代は遡って
この松下家の屋敷には、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が
当時の城主・松下加兵衛(之綱)に3年ほど仕えていました。

隣接する頭陀寺の資料館とあわせて見学すると、
歴史がよくわかると思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil頭陀寺の三公像(2017.5)






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2017年5月21日 (日)

「直虎」ゆかりの地めぐり10~頭陀寺~

3ヶ月ほど前に訪ねた「直虎ゆかりの地」です。

今年の「おんな城主 直虎」のゆかりの地は
浜松市といっても旧引佐町(現・北区)の史跡が多いのですが、
こちらはわが家からも近い同じ南区内にあります。

頭陀寺城跡

P1030418s

ここは、かつて地域の荘官であった松下家のお屋敷を中心に
塔頭など広い寺域をもったお寺があり、一帯は頭陀寺城とも
呼ばれていました。

その名残を残すお寺がこちらの頭陀寺(ずだじ)

正式名称は 青林山頭陀寺

真言宗の寺院です。

山門

P1030402

703年文武天皇の勅願により圓空上人が建立。

今川家の庇護のもとに繁栄しましたが、
今川氏の衰えとともに一度は衰退しかけたものの、
その後、豊臣秀吉や徳川家康との縁もあり
復興することとなります。

境内は自由に入ることができ、
山門のところに案内図が用意されています。

P1030405s

門をくぐってすぐに
願掛け三尊が迎えてくれます

P1030406s

左から弘法大師、水掛一願地蔵尊、浪切不動明王、

正面に本堂です

P1030408s

ここは、浜松市の中心からもほど近く
第二次世界大戦時の空襲でお寺の建物を焼失。
現在の建物は戦後に建立されたものです。

かつては、立派な三重の塔もそびえていたそうです。

ご本尊は薬師瑠璃光如来。

本堂内ご本尊右には弘法大師の木像が
安置されています。
幾多の火災や水害、戦災を逃れたことから、
難除大師として信仰されています。

本堂の奥に進みたいのですが、
行き方がわかりにくく、周辺をウロウロすること数分coldsweats02

やっと奥へ進む道へ出ることができました~

P1030409s

奥に見えるのは馬頭観音堂(ペットの納骨堂)

こういうことでした・・・(本堂を振り返ったところ)

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本堂の階段を一度登って、ぐるりとまわればよかったんですね。
(普通の人は迷わない、かwobbly

元は隣接する松下屋敷にあったもので、
松下家の先祖応神天皇らが祀られています

新たにつくられた三公像

P1030412

豊臣秀吉、徳川家康、井伊直政が並んでいます。

三公像の記事は  こちら(頭陀寺の三公像)

再び境内入口近くに戻ると
歴史資料館があります。

P1030417s

(売店や御朱印・御守り授与所など併設)があります。

入館料は100円。

小さな建物ですが、地元の方たちの
手作り感が感じられる資料が並べられた資料館です。

P1030416s

(展示物は撮影禁止になっていますが、
 全体の雰囲気だけ許可をいただいて撮影・公開しています)

資料もわかりやすく作られていますが、
さらに、ボランティアの説明員の方がいらっしゃって
とても丁寧に説明してくださいました。

古地図を見ると、
この付近が砂洲が広がっていたことがわかります。
改めて自分の住んでいる地域の歴史を認識eye

また、展示資料中で最も多いが
豊臣秀吉(当時は藤吉郎ですが)の奉公時代。

浜松にいたことは歴史的にあまり知られていませんが
この地の荘官だった松下加兵衛に3年ほど奉公しています。

ここから秀吉の出世物語が始まっているんですね。

剣の練習をしていたことから片葉の葦や釜研ぎ池、
片目のメダカなど秀吉にまつわるエピソードが
この周辺にはいくつもあるんですよ。

さらにその奥の映像コーナーでは、
歴史学者として知られる磯田道史氏による
頭陀寺周辺を案内している様子を見ることができます。

小さいながらもぎっしり情報の詰まった
みごたえのある資料館でした。

御朱印はこちら

P_20170520_231934

ご朱印をいただくところに売っているオリジナルのお醤油

頭陀せうゆ

P_20170519_234402

瓶の形がハート型になっていて、おみやげにも喜ばれますね。

P_20170519_234430

実は、私もこれ、いただきものなのですpresent

つづいて、松下屋敷跡へ向かいます






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2017年4月27日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり9~桶狭間から大樹寺へ~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

「本家」争いimpactの続く2つの桶狭間古戦場を訪ねた後は、
国道1号線を東に向かいます。

ほぼ旧東海道と並行している国道1号線。
松平元康(のちの徳川家康)が、
今川家の人質から解放されて
出身地の岡崎に帰ったというルートに近い、はず。

敵(信長方)に見つからないよう
ひっそりと違うルートをたどったのかはわかりませんが・・・

道沿いの標識には、「大将ケ根」「戦人塚」といった
戦に関連していそうな地名がいくつか見られました。

さらに信号待ちで偶然撮ったこの写真

P_20170322_135933

なんと「(刈谷市)今川町」でした~ (今川氏と関係あるかは不明) 

そして、知立市に入ると見事な東海道の松並木が残っています。

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そして、ほどなく岡崎市に入ります。

大樹寺に到着です。

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お約束の「ビスタライン」を確認

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総門越しに岡崎城が見えますeye

桶狭間から距離は約22km、順調に進めば40分ほどの道のり。

大河ドラマでは、
元康が桶狭間(正確には少し西の大高城)から
岡崎城に直接戻ったように描かれていましたが、

言い伝えでは、この大樹寺に逃げ帰ったものの
追っ手に取り囲まれた元康は先を悲観し、
先祖のお墓の前で自害しようとしたところを
住職に救われたという話も。

そのご先祖さまのお墓に行ってみることに。

本堂西側の墓地の突き当り(北)にあります。

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松平八代墓

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家康さんのご先祖なのに、こんなに自由に出入りできていいの?

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松平八代プラス家康の石塔が建っています。

真ん中の大きい石塔は、この寺を建立した四代・親忠のもの

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しかし、ご先祖さまよりはるかに大きい家康の石塔

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これは、昭和になって地元の有志の方々が建立したものだそうです。
(建立の経緯や趣旨も案内板に説明されています)

家康の遺言では、「位牌をこの大樹寺に安置せよ」とのことで
有名な等身大の御位牌はこちらで見られます。

位牌堂

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本堂にはご本尊・阿弥陀如来が祀られており
その両脇には、家康が再起するきっかけとなった

厭離穢土(おんりえど)
        欣求浄土(ごんぐじょうど)

が掲示されています。

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本堂のご本尊は自由にお詣りできますが、
本堂内に拝観受付があり、位牌堂や壁画を展示する収蔵庫へは
拝観料が必要になります。

ご朱印もこの拝観受付でいただけます。

 前回(2015.7)の拝観記事はこちら

今回は、もうひとつ前回訪ねていなかったこちら

多宝塔(重要文化財)

P1100080s

こちらも境内西側、お墓の南にあります。

七代・松平清康の天文4(1535)年に建立されたものです。
家康のおじいちゃんに当たる方です。

P1100083s

一層は四角、二層は円形という造り。
小ぶりながらも、なんとなく落ち着いて安定したこの塔は、
この後、太平の世を築く家康を西から見守っていたのですね。

多宝塔は、家康のおじいちゃんが造りましたが

こちらは家康の孫、徳川三代・家光によって造られました。

大樹寺の山門

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松平から徳川の時代にかけての
貴重な建造物が揃うことでも見ごたえのあるお寺です。

駐車場が境内東側にあるので、
松平家のお墓や多宝塔のある西側は、見逃してしまいがちですが
ぜひとも訪ねていただきたいです。





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2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

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あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

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(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

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今川義元の墓碑

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大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

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合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

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とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

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すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

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今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

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かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

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公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



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2017年3月27日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり6~渭伊神社と天白磐座遺跡~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。


妙雲寺を訪ねた後に
そのまま車を停めさせていただき

渭伊神社(いいじんじゃ)へ

位置関係ですが、
妙雲寺のすぐそばにある鳥居が
渭伊神社への参道入り口となっています。

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鳥居をまっすぐに進んだ突き当りが神社です。

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近年の区画整理によって
新しい住宅地になっている参道を3分ほど進みます。

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境内入ると、修復されたばかりの手水舎があります

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岩を利用した手水舎は以前からあるもののようですが。

拝殿

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これが御本殿かと思いましたが、横に回ってみると
奥に棟が続いていて、一番奥にあるのが御本殿と思われます。

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9世紀頃に創建され井伊家に信仰されたと伝えられ、
かつては、龍潭寺境内にあったものがここに移されたとも・・・

ここで蛇足ではございますが
以前、(彦根には井伊神社があるけど)
浜松には井伊神社の代わりに井伊谷宮があると
ブログに記しましたが・・・

井伊家ゆかりの渭伊神社も存在していました。
訂正いたしますm(__)m

しかし、「井伊」と「渭伊」の表記の違いは謎。

そして、祀られている神様が多いことにびっくりwink

P1030791s_2

「モロード様」っていうカタカナの神様はどなた??

御神木

P1030787s

詳しい説明はありませんが、新旧の御神木が寄り添っています。

渭伊神社をお詣りした後
拝殿向かって左にあるこの階段を登ります。

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木の根道を少し進んで行くと・・・

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巨岩が目の前に出現eye

天白磐座遺跡(てんぱくいわくらいせき)

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古墳時代前期から平安時代にかけて
祭祀が執り行われていた場所。

20年ほど前の発掘調査で
この巨石の周辺から土器や勾玉が出土したそうです。

神社境内の入口にあった看板に図式化されていました

P1030784s

(他の看板と比較しても古いようで)
ここは遺跡として以前から知る人ぞ知る、特別な場所のようです。

「神様の依り坐す処」を意味する磐座(いわくら)

大きいもので5m以上もある岩がそびえます。

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人間と比べるとその大きさがわかります

真下から見上げると迫力と同時に、神秘的な雰囲気も感じます。

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午後に訪れたので、西から射す光がなんともいえず
パワースポットといわれてうなずける良い場所でした。

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そして、ミーハーな話題ではありますが・・・

「直虎」のドラマの初回に
初回に子ども時代のおとわ(新井美羽ちゃん)が
岩からピョンと飛び降りたシーンがここで撮影されました。

また、1月に放映された「鶴瓶の家族に乾杯」では
直虎を演ずる柴咲コウさんが
渭伊神社の入口でしたが、この地を訪れています。

井伊谷周辺を散策するのであれば
ぜひ立ち寄っていただきたいスポットです。

井伊谷城跡と比べれば、天白磐座遺跡の丘は楽に登れますし
なんといってもパワーshineがたっぷりなこと間違いなし、です。

常駐している神職の方はおられないようで
ご朱印については確認できておりません。




【ももよろず日記関連記事】

pencil「直虎」ゆかりの地めぐり3~井伊谷城跡~(2017.1)

pencil彦根・龍潭寺と佐和山城(2013.2)


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2017年3月23日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり5~妙雲寺~

大河ドラマがはじまって3ヶ月。

久しぶりに井伊谷(いいのや)に行ってきました。

前回行ったときはドラマ放送直前でしたが
さすがにドラマ効果はすごいですね。
全国各地から観光客が集まっています。

そんな中、最近注目を集めたばかりの史跡へ

妙雲寺

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臨済宗妙心寺派のお寺で
龍潭寺とともに、直虎の菩提寺となっています

元々はこの地から200メートルほどのところにある
自耕庵(じこうあん)というところに葬られたそうで、
その後、この地に建てられたのが妙雲寺

お寺の名は直虎の法名の一部からつけれています。

自耕庵のあった場所には、小さな石塔があり
現在は、祠に入れて丁寧に祀られているそうです。
今回はそちらまで行きませんでしたが
お寺にて写真などで解説していただきました。

建物は昭和初期に建て替えられたもの

P1030778s

正面ご本尊のところに2つの位牌
左側で南渓和尚の肖像画が見られます

普段は非公開のお寺です(住職さんも兼任)。

解説してくださったのはお寺の檀家さんたち

今回の大河ドラマ放映直前に調査が進むと
龍潭寺から「このお寺に直虎の位牌があるはず」との情報で
さがしたところ数々の位牌の中から見つかったとのお話。

さらに、南渓和尚の位牌や肖像画、
直虎のことを記した古文書などが次々に見つかったそうです。

南渓和尚は龍潭寺二代目住職で
直虎を城主にするなど井伊家存亡の危機を救った
立役者でもあります
(ドラマでは、小林薫さんが演じています)

歴史的に注目されることもなく
位牌や史料の存在すら語り継がれずにいたところに
急ににぎやかになったお寺なのです。

檀家さんたちから
地元ならではの楽しいお話も聞かせていただきました。

土日祝日のみの公開で拝観は無料
(8:00~16:00)

檀家さんたちがボランティアで対応してくださっています。

駐車場整理の方もいらっしゃって至れり尽くせりです
ご朱印については住職不在のため聞いておりません

場所は、龍潭寺と井伊谷城跡のちょうど中間くらい

この鳥居が目印です

P1030808s

渭伊(いい)神社への参道にもなっていますが、ここから車は入れません。

鳥居を右手に見ながら通り過ぎて
少し進んで右折、駐車場の案内にそってぐるりとまわります。

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2017年2月 4日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり4~井殿の塚~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

井殿(いどの)の塚

P1030189s

井伊谷城跡の登り口から徒歩2~3分にあります。
(地域遺産センターとは反対方向)

この看板のある(引佐多目的研修センターの)駐車場から

P1030149s

東方向に見えるこの木が目印

P1030188s

ここは、井伊直政の祖父にあたる井伊直満とその弟・義直を
供養するために造られました。

P1030193s

P1030191s

直満らは、今川家に通じていた井伊家家老・小野和泉守道高に
謀反の疑いがあると密告され、自害させられます。

訪ねた時(2016年末)には、ピンときませんでしたが
大河ドラマで初回に放送された内容を見て理解できましたcoldsweats01

宇梶剛さん演じる直満が、
吹越満さん演じる小野和泉守道高にチクられて
駿府の今川家に行って、殺されてしまうというストーリーでした。

父親を失い悲しみにくれる亀之丞に追い打ちをかけるように
亀之丞も命を狙われ、10年弱姿を隠すことになります。

井伊直虎の激動の生涯はここからスタートします。

この場所は、井伊氏の居館があった一角。

石塔を守る大きな木は、タブノキです。

P1030192s

わざわざここだけのために出向くのは、正直「・・・」なのですが
井伊谷城跡や地域遺産センターを訪ねた際には、
近いので、ぜひ立ち寄ってみてください。

「直虎」ゆかりの地めぐりは、
ドラマの展開にあわせて、気まぐれに続く・・・かも。

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