カテゴリー「◆大河ドラマの舞台」の29件の記事

2017年9月22日 (金)

「直虎」ゆかりの地めぐり16~静岡・龍雲寺~

先日、静岡県立美術館での
「戦国 井伊直虎から直政へ」展への帰り道

静岡市内の直虎ゆかりの地 (今川家関連)を
訪ねて来ました

龍雲寺 (りゅううんじ)

P1000236s

曹洞宗の寺院で、正式名称は洞谷山 龍雲寺

このお寺の名前を聞いて、
大河ドラマに出てくる「龍雲丸」(架空の人物ではありますが)を
ついつい連想してしまいました(笑)

本堂

P1000235s

住宅街の中にある地域のお寺さんという風情ですが
今川家の寿桂尼(じゅけいに)の菩提寺でもあります

寿桂尼は、駿河国を治めていた今川氏親の正室

氏親の死後は尼となり
子の氏輝、義元、孫の氏真の代に渡り
今川家の政務を補佐してきたことから
女戦国大名 とも言われてきました

大河ドラマの中では、
浅丘ルリ子さんの不気味さを感じる演技が印象的でした

出生年は不明ですが 推定年齢70~80代のご長寿

本堂の前にある説明看板

P1000238s

このお寺の位置する場所は、
今川館(後の駿府城)の鬼門にあたる場所で
遺言によりここに葬られたそうです

石碑

P1000239s

石碑の上部にある角印のようなものは、
寿桂尼が朱印状に使用していた印をかたどったものです

本堂の裏手にまわると墓地があります

P1000241s

普通の墓地ですが、看板に沿って進むと・・・

ちょっと不安に・・・

P1000242s_2

先日の「竜宮小僧」は、イノシシの出そうな道でしたが
今度はヘビにでも出くわしそうwobbly

私が訪ねたときは、草を刈っていましたので今頃は大丈夫sign02

先客がいらっしゃったので進んでみることにしました

P1000244s

石塔

P1000245s

2つありますが、いずれが寿桂尼のものか定かではないそうです

特に説明書きがあるわけでもなく、
一時は、女戦国大名とも恐れられた寿桂尼が
今川家の菩提寺と離れ、一人ひっそりと眠る場所でした

駐車場は本堂の裏手(墓地の脇)

P1000247s

静岡県立美術館と静岡駅のちょうど中間くらいにあります

年に2回ほど一般公開される今川家の菩提寺 臨済寺も近いので
あわせて訪ねてみるのもオススメです

P1010334



【ももよろず日記関連記事】

pencil徳川家康が幼少を過ごした臨済寺へ(2015.10)





ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年9月 3日 (日)

「直虎」ゆかりの地めぐり15~久留米木の棚田と竜宮小僧~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです

ドラマの中では 川名の隠し里 として登場した
美しい田園風景の広がる

久留米木の棚田

直虎の曽祖父(直平)の隠居地であり
検地を逃れながら守っていた土地という設定でした

近年では、”日本の棚田百選”にも選ばれており
その存在は、地元では知る人ぞ知る・・・で
私も以前から気になっていた場所です

井伊谷から国道257号線を北上(愛知県方面へ)
この看板を目印に右折

P1110738s

この辺りは、新東名と三遠南信自動車道のジャンクション付近で
ここ数年で景色も激変

P1110740s

その先、比較的広くて走りやすい道を進んでいくと
手作りの看板が何か所かあります

P1110804s

ここのV字カーブがポイントです(見逃すとたどりつけません)

駐車場は旧 久留米木小学校(平成22年廃校)の体育館前

P1110746s

田んぼ周辺は、耕作者用の駐車スペースのみなので
観光客はここに停めて、少し歩くことになります

駐車場は無料ですが、募金箱があります

P1110744s

正面に棚田を見ながら坂を下ります(帰りがしんどいsweat01

P1110749s

駐車場から300メートルほどで金網のゲート(西門)が現れます

P1110751s

この先、いくつかのゲートを開いては閉め・・・を繰り返しながら進みます

P1110755s

自分が檻に入れられているような感覚になりますが・・・(笑)

美しい棚田の風景が広がります

P1110753s

田植え前の水の張られた田んぼや収穫時期が人気ですが
青々としたこの田んぼ風景も私は好きですheart02

久留米木の棚田と呼ばれるこの一帯(7.7ha)には
約800枚の田んぼがあるといわれています

この地の歴史は平安時代の頃からともいわれ
特に戦国時代には、ドラマに描かれたように
直虎の祖父たち井伊家の庇護よって開墾が進みました

現在も、井伊家家臣の末裔たちが景観を守っています

ゲートから10分くらいで棚田の中腹へ

P1110764s

P1110761s

季節にもよりますが、この時期は下からの景色の方が
棚田の「段々」の雰囲気がよりわかりやすい気がします

しかし景色を感じる以上に
これだけの傾斜地で田んぼを維持することの大変さを
思わずにはいられません。

私が住む地域は、海沿いの平坦な土地ですが、
それでも近隣の方がから「田んぼは労力がかかりすぎて大変」と
耕作を放棄するお話しを時々伺います。

この久留米木の棚田も放棄地が増えていたそうですが
大河ドラマのロケ地になったこともあり、
再生プロジェクトが立ち上げられたと聞きます。

そして、ここまで来たら・・・

体力に余裕のある方は

竜宮小僧伝説の地まで足を延ばしましょうdenim

整備されてはいますが、坂道あり、
ちょっとイノシシ出るんじゃないかshock、みたいな道あり・・・

P1110771s

15分ほどで竜宮小僧の伝説の湧水へ

P1110777s

P1110773s

伝説の詳細はこちら(久留米木棚田のオフィシャルページ参照

お地蔵さまも安置されています

P1110774s

そして、よ~く見ると、その近くに伝説どおり水が湧いていました!

P1110776s

わかりにくいかもですが、何の設備もない自然の湧水がコンコンと・・・

ここで、ふと・・・
ドラマセットの井戸みたいになっていたら良いのに~(笑)

P1000060s

(大河ドラマ館にて撮影)

もしかしてこのセットは、井伊家初代・共保公出生の井戸と
この竜宮小僧の湧水をかけあわせてイメージされたのかな?と
推測してしまいました

それにしても運動不足の身にはなかなかのコースでしたdash

再び棚田の風景

P1110787s

傾斜地上部から見た風景です

時が止まったような美しい景色に加え
歩道を進む途中に、トンボが多くて感動しました

その他にも、久々に聞くような鳥?虫?の声がたくさん聞こえました

間もなく収穫時期を迎える棚田

P1110799s

ドラマで放映されたあの美しい黄金色の棚田の風景が
今年も見られそうです

歩きやすい服装&靴で
田んぼを守る方々の迷惑にならないようにお出かけください



pc久留米木の棚田ホームページ




ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年9月 2日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり14~小野但馬守政次供養塔と二宮神社~

直虎ゆかりの地めぐり 久々です

高橋一生さん演じる 小野但馬守政次の衝撃的最期に
人並みに「政次ロス」に陥ってしまいましたcrying

こんな時、地元が舞台のドラマはありがたい・・・と
番組最後の「紀行」で紹介されたこちらへ

小野但馬守政次終焉の地(供養塔)

P1110811s

国道257号線から少しはいった住宅街の中にありますが
次々に人が訪れていて、関心の高さがうかがえます

看板はつい最近用意されたみたいですね

代々小野家は筆頭家老として
井伊家より厚い信頼を受けている家柄なので
井伊家の菩提寺の中に墓があるそうですが、
政次だけは、罪人として扱われたことで墓はなく、
地元の人たちが供養塔として建てたものがこちら

P1110810s

左から二番目のとがった石碑が政次のもの

ドラマでは独身の設定でしたが、
実際には2人の息子がおり、両脇の小さな石が
幼い息子たちの墓だといわれています

また、実際に処刑されたといわれる蟹淵(がにぶち)は
現在の国道を挟んだ東側を流れる井伊谷川沿いにあったそうです
(現在は河川改修などで蟹淵の形跡はないようです)

もうひとつ政次に関連する史跡があるというので
そちらも訪ねてみました

二宮神社

P1110817s

井伊谷城跡のある山の麓にあります

昨年末に井伊谷城跡に登った時に標識は見ましたが
まさかこのような展開になるとは思わず、無関心・・・

こちらに祀られているのは
宗良(むねなが)親王他5柱

宗良親王は、後醍醐天皇の皇子で
(南北朝の対立により)船で逃れてきたところ
遠江に漂着した後、再び晩年をこの地で過ごしました

(龍潭寺に隣接する井伊谷宮は宗良親王を祀り、御陵もあります)

スロープもありますが、とりあえず階段で!

P1110816s_2

P1110820s

由緒ある神社という雰囲気が漂います

御本殿の右隣にある小さいお社が天王社

P1110818s

こちらには5社(但馬神社、伊雑皇神社、神明神社、鎌足神社、鹿島神社)
が合祀されています

かつては、供養塔と合わせて但馬守(多道間守)を祀る
但馬社という独立したお社もあったそうですが現在はありません

ここには、地元の方の手作りと思われる
小野但馬守政次に関する案内も掲示されています

P1110821s

この神社から井伊谷城跡に登ることもできます

下りはスロープへ

P1110824s

ご神木と、その奥にあるもう1本の木、パワーを持ってる感じsign02

政次の墓及び二宮神社は、いずれも駐車場がありませんし、
周辺は住宅街なので迷惑にならないようにしましょう

徒歩で500メートルほど(歩いて10分弱)の
地域遺産センターの駐車場が無料で利用できます

P1000098s

こちらには、井伊谷に関する発掘資料や
青葉の笛の再現模型なども展示されていて、無料で見学できます

また、ボランティアガイドさんもいるので
こちらで情報を収集して、井伊谷城跡や天白磐座遺跡など
この周辺の史跡をあわせて散策することをオススメします



pc直虎ゆかりの地 浜松・浜名湖観光情報





ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年7月10日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり13~太刀洗の池~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

前記事に続き、浜松市中心部に近い史跡です。

直虎の友でもあったといわれる瀬名姫。
のちの築山殿(徳川家康の正室)に関連する地。

あまり良い意味で「ゆかりの地」とはいえないのですが・・・

太刀洗の池(たちあらいのいけ)

P1030881s

家康と築山殿の長男・信康に嫁いだのが
織田信長の長女である徳姫。

しかし、徳姫は、築山殿との折り合いの悪さから
信長に、信康と築山殿に「謀反の疑いあり」の訴状を送ったことから
信長は、家康に対して信康と築山殿の処刑を命じます。
(これに関しては諸説あります)

1579年8月、築山殿は、
(家康に招かれて)岡崎から浜松城に向かう途中に
家康の家臣・野中重政と岡本時仲によって殺害されます。

その場所がこの付近、小藪村と呼ばれていた地で、
血の付いた刀を洗った池がこのあたりにあったと
伝わります。

P1030880s

現在は、石碑や写真のついた案内板が残っているだけです。

P1030879s

ちょっと奥に行ってみましたが・・・

P1030884s

池というより水路のようになっていました。

訪ねたのは4月上旬で、桜が見ごろの季節。

P1030878s

天下を取り、太平の世を築いた徳川家康の妻でありながら
その道半ばで命を落とした築山殿を弔うようでした。

ここは、浜松医療センターという病院の駐車場の一角。

P1030882s

駐車場は有料ですが、30分までは無料です。

こちらも周辺史跡とあわせての散策がオススメです。



pc太刀洗の池 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)





ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年6月28日 (水)

「直虎」ゆかりの地めぐり12~西来院~

大河ドラマ「おんな城主・直虎」で、間もなくここも
ゆかりの地として注目を集めるかもしれない・・・というわけで
予習を兼ねて浜松市内のこちらへ行ってきました。

西来院(せいらいいん)

P1000188s

正式には高松山(こうしょうざん)西来院といい
曹洞宗の寺院です。

15世紀前半に、月窓義運禅師が開創。
徳川家康の正室・築山殿(つきやまどの)を祀るお寺として
知る人ぞ知る、なお寺です。

多分、浜松市民といえどもご近所さんか
歴史マニアでもない限り知る人は少ないのでは?

浜松市内でも中心部にほど近く
屈指の高級住宅街であるここに、
こんな緑に囲まれた場所があったのかと驚きました。

P1000163s

実は、裏側からまわりこんでしまいましたsweat01
(駐車場がないと思って某所から歩いて行ったので・・・)

冒頭の写真の表門から入れば、数台分の駐車場がありましたparking

P1000186s

駐車場脇の六地蔵

P1000187s

参道の紫陽花がちょうど見頃を迎えていました。

P1000166s

右側には立派な藤棚もありました。

そして、正面に見える一風変わったエキゾチックな建物

こちらが本堂になります。

P1000170s

さすが、徳川の三つ葉葵の御紋が輝いていますshine

拝観受付のようなものはありませんでしたが、
扉も開いていたので、中に入り拝観させていただきました。

ご本尊は 釈迦牟尼仏(釈迦如来とほぼ同じ意味?)

境内の案内図というのは特になく、
事前に調べた情報では、築山殿の祀られるお堂が別に
あるようなので・・・

墓地の入口へ

P1000174s

暗くて、昼間でもちょっと怖いshock

入ってすぐ右に進み、突き当りを左へ行くと・・・

小さなお堂がありました。

P1000177s

月窟廟(げっくつびょう)

P1000180s

P1000179s

徳川家康の正室として一男・一女をもうけながらも
嫡男の信康とともに謀反の疑いをかけられ殺害されました。

信康の妻となった徳姫(織田信長の長女)との嫁姑関係の悪化とも
信長は関係なく、徳川家の陰謀説など真相は定かではありません。

いずれにしても悲運な女性であることには変わりなく
徳川家康の正室でありながら
あまり描かれることのない女性が、
悪女キャラの奈々緒さんによって、
ドラマでどう描かれ、演じられるのか楽しみです。

廟の内部には石碑があり、お詣りできます。

「築山」という名前は、岡崎で居住した場所。
若い頃は、こちらも地名由来の「瀬名」と呼ばれていました。

余談ですが・・・私は静岡市の瀬名というところに
2年ほど住んでいたことがあったのですが
あの地名から「瀬名姫」だとは驚きですhappy02

浜松市民として耳にするのは「築山殿」
同一人物だったとは・・・まだまだ勉強が足りませんsweat01


浜松市の中心部付近は、大河ドラマ関連というよりは
「出世のまち・浜松」として
若かりし日の徳川家康に関連のある地をめぐる
「家康の散歩道」というルートが設けられています。

浜松市博物館にある看板

P1000189s

西来院もこのコースのひとつとなっています。

せっかくならあわせて数か所巡ってみるのもよいかも。

pc西来院 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)




ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年6月 3日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり 番外編~大河ドラマ館~

「直虎」ゆかりの地めぐり 番外編です。

史跡ではありませんが、
期間限定の旬の観光スポット NHK大河ドラマ館

P1000052s

浜松市北区役所前のみをつくし文化センターホールが会場。

大河ドラマ館を訪れた前日から
ドラマの舞台もこの地「気賀」になったというタイミング。

天竜浜名湖鉄道の気賀駅も隣接しています。

JRの浜松駅からは(乗り換え含め)若干時間がかかりますが、
ノスタルジックな雰囲気では、イチオシの鉄道です。

P1000047s

今年限りの”おめかし”です。

P1000096s_2

タイミングがよければ、ラッピング列車に出会えるようです。

駅舎、ホームともに登録有形文化財となっています。
(昭和初期の建造)

無料駐車場は気賀関所を隔てた西側にあります。

P1000083s

平日だったせいか誘導もなく、看板もわかりにくい表示でしたweep

駐車場からドラマ館までは気賀関所の中を通り抜けます。

P1000070s

(大河ドラマの期間中は入場無料です)

この関所、東海道のう回路として作られた街道沿いにあり、
徳川家康が1601年に設置しているそうです。(現在のものは復元)

で、やっとドラマ館へcoldsweats01

P1000053s_3

といっても毎回お約束で 展示物はほとんどが撮影禁止ng

エントランスの記念撮影スポット

P1000066s

内部の撮影は、俳優さんの肖像権やら何やらで
厳しくNHKからお達しが出ているのだと思います。

係の方が入口でしつこいくらいに注意していましたから・・・

実は、ドラマのストーリーが進行してからのほうが
大河ドラマ館も楽しめるかな、と時期を選んでいたのですが
気が付いたら3度目の展示入れ替え直後ということでした。

話題の中心は井伊谷から気賀へ

衣装やパネルなど 毎回大きな流れはどこも似ていますが
やはり、地元が舞台ということもあり
メイキングの映像は興味深かったです。
(我が家からほど近い中田島砂丘でもロケがありました)

唯一の撮影可能エリアがこちら

P1000055s

森のような雰囲気の中にある井戸端

ドラマ初回からキースポットにもなっています

P1000060s

井戸は撮影しても良いけど、中に映る映像は「撮影禁止」
ちょっと面倒臭いですねsad

直虎のほかに、直親、政次もいます。

P1000064s_2

実は、この前日に
サプライズで政次役の高橋一生さんがドラマ館を訪れました。 

(撮影禁止ですが)、書きたてのサインがパネルに記されていました。

ここまでのドラマの感想は
全体にガチャガチャした印象なのが不満ですが
(年々、重厚感が薄れて喜劇っぽくなってきています)
政次の陰のある姿や南渓和尚の落ち着きっぷりが
その分際立っていますね。

また、領内だけでストーリーが進んでいて
戦がない(あってもナレ死・・・)ので、やや盛り上がりに欠けますが
この先、三方原や長篠がどう描かれるか
家康や信長といった大物との絡みも期待したいです。

見学後は、関所の隣にあるおみやげショップへ

P1000080s

先日、浜松駅前にある「出世の館」に行って
グッズを購入しているので、あまり期待していきませんでしたが
また、新しいものに飛びついてしまいました~

P_20170602_234012_2

今後は、浜松市の中心部に近い史跡も登場しそうな予感ですので、
引き続き、気まぐれにゆかりの地めぐりをしていきたいと思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil大河ドラマ館と地域遺産センター (2017.5)

pencil浜松出世の館 (2017.2)

pencil直虎ちゃんグッズ (2017.2)

pencil続・直虎ちゃんグッズ (2017.4)

tv大河ドラマ館 (平成30年1月14日まで)






ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年5月29日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり11~松下屋敷跡~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

頭陀寺(ずだじ)に隣接した小さな公園

松下屋敷跡

P1030420s

P1030419s

松下家とは、戦国時代にこの周辺を治めていた国人領主。

その屋敷がここにあり、別名・頭陀寺城と呼ばれていました。

100m四方ほどの敷地は、堀で囲まれ
土塁が築かれていたようです。

小さいながらも「お城」の形をとっています。

P1030422s

15年ほど前に行われた発掘調査の結果
生活の跡がわかるような陶器類などが多数発掘されたとか・・・

しかし、お屋敷の中心だった場所は
南北に広い道路が通り、
さらに沿道は「かっぱ寿司」の店舗と広い駐車場になっています。

P1030424s

公園から東側を臨む

この道、よく通りますが、
そんな歴史を知ったのは、つい最近のことですwobbly

公園内の一角には石碑があり、少し小高くなっています。

P1030421s

このあたりは、屋敷の西北にあたる場所で、
土塁の跡が若干残っているようです。

かつては、松下稲荷がここにあったそうですが
現在、隣接する頭陀寺に祀られています。

ここが、「直虎」ゆかりの地である理由は・・・

直政(虎松)の母親が
松下家の一門である松下清景に嫁いだ(再婚)ことから
虎松も松下家の養子に入ります。

その後、徳川家康に取り立てられ、
井伊家再興を成し遂げていくこととなります。

また、「直虎」に関連してくるかは現在未定ですが
これより時代は遡って
この松下家の屋敷には、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が
当時の城主・松下加兵衛(之綱)に3年ほど仕えていました。

隣接する頭陀寺の資料館とあわせて見学すると、
歴史がよくわかると思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil頭陀寺の三公像(2017.5)






ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年5月21日 (日)

「直虎」ゆかりの地めぐり10~頭陀寺~

3ヶ月ほど前に訪ねた「直虎ゆかりの地」です。

今年の「おんな城主 直虎」のゆかりの地は
浜松市といっても旧引佐町(現・北区)の史跡が多いのですが、
こちらはわが家からも近い同じ南区内にあります。

頭陀寺城跡

P1030418s

ここは、かつて地域の荘官であった松下家のお屋敷を中心に
塔頭など広い寺域をもったお寺があり、一帯は頭陀寺城とも
呼ばれていました。

その名残を残すお寺がこちらの頭陀寺(ずだじ)

正式名称は 青林山頭陀寺

真言宗の寺院です。

山門

P1030402

703年文武天皇の勅願により圓空上人が建立。

今川家の庇護のもとに繁栄しましたが、
今川氏の衰えとともに一度は衰退しかけたものの、
その後、豊臣秀吉や徳川家康との縁もあり
復興することとなります。

境内は自由に入ることができ、
山門のところに案内図が用意されています。

P1030405s

門をくぐってすぐに
願掛け三尊が迎えてくれます

P1030406s

左から弘法大師、水掛一願地蔵尊、浪切不動明王、

正面に本堂です

P1030408s

ここは、浜松市の中心からもほど近く
第二次世界大戦時の空襲でお寺の建物を焼失。
現在の建物は戦後に建立されたものです。

かつては、立派な三重の塔もそびえていたそうです。

ご本尊は薬師瑠璃光如来。

本堂内ご本尊右には弘法大師の木像が
安置されています。
幾多の火災や水害、戦災を逃れたことから、
難除大師として信仰されています。

本堂の奥に進みたいのですが、
行き方がわかりにくく、周辺をウロウロすること数分coldsweats02

やっと奥へ進む道へ出ることができました~

P1030409s

奥に見えるのは馬頭観音堂(ペットの納骨堂)

こういうことでした・・・(本堂を振り返ったところ)

P1030413s

本堂の階段を一度登って、ぐるりとまわればよかったんですね。
(普通の人は迷わない、かwobbly

元は隣接する松下屋敷にあったもので、
松下家の先祖応神天皇らが祀られています

新たにつくられた三公像

P1030412

豊臣秀吉、徳川家康、井伊直政が並んでいます。

三公像の記事は  こちら(頭陀寺の三公像)

再び境内入口近くに戻ると
歴史資料館があります。

P1030417s

(売店や御朱印・御守り授与所など併設)があります。

入館料は100円。

小さな建物ですが、地元の方たちの
手作り感が感じられる資料が並べられた資料館です。

P1030416s

(展示物は撮影禁止になっていますが、
 全体の雰囲気だけ許可をいただいて撮影・公開しています)

資料もわかりやすく作られていますが、
さらに、ボランティアの説明員の方がいらっしゃって
とても丁寧に説明してくださいました。

古地図を見ると、
この付近が砂洲が広がっていたことがわかります。
改めて自分の住んでいる地域の歴史を認識eye

また、展示資料中で最も多いが
豊臣秀吉(当時は藤吉郎ですが)の奉公時代。

浜松にいたことは歴史的にあまり知られていませんが
この地の荘官だった松下加兵衛に3年ほど奉公しています。

ここから秀吉の出世物語が始まっているんですね。

剣の練習をしていたことから片葉の葦や釜研ぎ池、
片目のメダカなど秀吉にまつわるエピソードが
この周辺にはいくつもあるんですよ。

さらにその奥の映像コーナーでは、
歴史学者として知られる磯田道史氏による
頭陀寺周辺を案内している様子を見ることができます。

小さいながらもぎっしり情報の詰まった
みごたえのある資料館でした。

御朱印はこちら

P_20170520_231934

ご朱印をいただくところに売っているオリジナルのお醤油

頭陀せうゆ

P_20170519_234402

瓶の形がハート型になっていて、おみやげにも喜ばれますね。

P_20170519_234430

実は、私もこれ、いただきものなのですpresent

つづいて、松下屋敷跡へ向かいます






ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年4月27日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり9~桶狭間から大樹寺へ~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

「本家」争いimpactの続く2つの桶狭間古戦場を訪ねた後は、
国道1号線を東に向かいます。

ほぼ旧東海道と並行している国道1号線。
松平元康(のちの徳川家康)が、
今川家の人質から解放されて
出身地の岡崎に帰ったというルートに近い、はず。

敵(信長方)に見つからないよう
ひっそりと違うルートをたどったのかはわかりませんが・・・

道沿いの標識には、「大将ケ根」「戦人塚」といった
戦に関連していそうな地名がいくつか見られました。

さらに信号待ちで偶然撮ったこの写真

P_20170322_135933

なんと「(刈谷市)今川町」でした~ (今川氏と関係あるかは不明) 

そして、知立市に入ると見事な東海道の松並木が残っています。

P1100071s

そして、ほどなく岡崎市に入ります。

大樹寺に到着です。

P1100103s

お約束の「ビスタライン」を確認

P1100079s

総門越しに岡崎城が見えますeye

桶狭間から距離は約22km、順調に進めば40分ほどの道のり。

大河ドラマでは、
元康が桶狭間(正確には少し西の大高城)から
岡崎城に直接戻ったように描かれていましたが、

言い伝えでは、この大樹寺に逃げ帰ったものの
追っ手に取り囲まれた元康は先を悲観し、
先祖のお墓の前で自害しようとしたところを
住職に救われたという話も。

そのご先祖さまのお墓に行ってみることに。

本堂西側の墓地の突き当り(北)にあります。

P1100088s_2

松平八代墓

P1100089s

家康さんのご先祖なのに、こんなに自由に出入りできていいの?

P1100090s

P1100092s

松平八代プラス家康の石塔が建っています。

真ん中の大きい石塔は、この寺を建立した四代・親忠のもの

P1100093s

しかし、ご先祖さまよりはるかに大きい家康の石塔

P1100095s

これは、昭和になって地元の有志の方々が建立したものだそうです。
(建立の経緯や趣旨も案内板に説明されています)

家康の遺言では、「位牌をこの大樹寺に安置せよ」とのことで
有名な等身大の御位牌はこちらで見られます。

位牌堂

P1100104s

本堂にはご本尊・阿弥陀如来が祀られており
その両脇には、家康が再起するきっかけとなった

厭離穢土(おんりえど)
        欣求浄土(ごんぐじょうど)

が掲示されています。

P1100099s

本堂のご本尊は自由にお詣りできますが、
本堂内に拝観受付があり、位牌堂や壁画を展示する収蔵庫へは
拝観料が必要になります。

ご朱印もこの拝観受付でいただけます。

 前回(2015.7)の拝観記事はこちら

今回は、もうひとつ前回訪ねていなかったこちら

多宝塔(重要文化財)

P1100080s

こちらも境内西側、お墓の南にあります。

七代・松平清康の天文4(1535)年に建立されたものです。
家康のおじいちゃんに当たる方です。

P1100083s

一層は四角、二層は円形という造り。
小ぶりながらも、なんとなく落ち着いて安定したこの塔は、
この後、太平の世を築く家康を西から見守っていたのですね。

多宝塔は、家康のおじいちゃんが造りましたが

こちらは家康の孫、徳川三代・家光によって造られました。

大樹寺の山門

P1030637s

松平から徳川の時代にかけての
貴重な建造物が揃うことでも見ごたえのあるお寺です。

駐車場が境内東側にあるので、
松平家のお墓や多宝塔のある西側は、見逃してしまいがちですが
ぜひとも訪ねていただきたいです。





ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

P1100017s

あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

P1100014s

(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

P1100015s

今川義元の墓碑

P1100016s

大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

P1100022s

合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

P1100028s

P1100021s

とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

P1100030s

すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

P1100031s

今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

P1100033s

かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

P1100032s

公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



ランキングに参加しています。
↓記事を読んで行ってみたくなりましたらクリックをお願いしますconfident

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

【広告】IIJ

  • ☆オススメ 格安SIM☆

【広告】じゃらん

  • 宿泊予約は「じゃらん」
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

【広告】 セブンミール

  • セブンイレブン
無料ブログはココログ

お気に入り

メールリンク

  • 管理者へのメールはこちらから