カテゴリー「┖ お城・史跡(九州)」の6件の記事

2017年1月14日 (土)

熊本地震復興応援の旅6~現在の熊本城をさるく・後編~

熊本地震復興応援の旅 つづきです。

pencil関連記事 熊本地震復興応援の旅5~現在の熊本城をさるく・前編~

被害の大きさを最も間近で見られる東から北側を歩きます。

北十八間櫓

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前回(2014年)訪ねた時は、
このすぐそばのKKRホテルに宿泊したのですが、
一見、地味な櫓には注力もせず、写真も撮らず・・・

今となれば、写真に収めなかったことを後悔ですweep

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upかろうじて、左下に櫓がちょっとだけ映っていました(2014.11)

下の写真の右に見える坂は、前回、お初の熊本城「登城」の際に
登った思い出に残る坂です

棒庵坂(ぼうあんざか)

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下津棒庵という加藤清正の家臣のお屋敷が
この坂の下にあったことから命名されています。

坂の手前にずらりと並べられた石たち

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崩れた石垣をここに仮置きしています。

番号がふられた石垣は、この後本格的な復元に使われます。

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しかし、石垣や漆喰塗りなど城郭建築に必要な職人さんは
需要も少ない上に、後継者不足などもあり
すぐに必要なだけ集めるというわけにもいかないそうで
完全復元までには数十年といわれていますcrying

以前訪ねた白河小峰城(福島県)の石垣でさえ
3年近く費やしたとお聞きしているので
熊本城のこの規模を考えたら・・・大変です。

激しく倒壊する櫓や石垣がある一方で
棒庵坂の登り口から見えるこちら

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まるで本丸の二様の石垣のように、美しい姿が残っていますhappy01

坂を登りきると、再び加藤神社へ。

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朝には見られなかった足場が組まれています。何が始まる?

朝は人も少なかったのですが
昼近くにもなると、団体客などが訪れています。

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今、熊本城の天守閣をいちばん良く見られるのはここ。

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まさに一番の人気スポットというわけです。

くまモンも応援していますheart02

宇土櫓(うとやぐら)

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天守閣にも引けをとらない規模の櫓で、
築城時(17世紀前半)に建てられた重要文化財です。

櫓本体や石垣は無事ですが、続櫓は倒壊しています。

白河小峰城でお聞きした時にも驚いたのですが
江戸時代に造られたもののほうが倒壊していないこともあるのです。

戌亥櫓(いぬいやぐら)

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二の丸広場からのぞむ天守閣と宇土櫓

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2年前の様子

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この塀は、明治から昭和にかけて復元されたものだそうです。

西大手門から未申櫓の間

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塀ばかりでなく、石垣も大きく崩れています。

こちらでは、石垣と栗石が分類され、調査しているようです。

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この階段を下ると、出発した観光案内所へ

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これにて、2時間のさるくは終了~

ノンストップで、歩き続けながら、詳しく解説してくださったガイドさん
どうもありがとうございましたm(__)m

こうしてみると、大きな被害を受け、心痛むところもありますが
天守閣も石垣も無事なところも多いのです。

復興城主の記念にいただいた
写真集のこの言葉が胸に響きます。

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 地震に堪えた熊本城の姿

 今の姿を知ってもらおうと頑張るボランティアガイドさんの姿

 復興に向けて働く職人さんたちの姿

それぞれに大きく感動をいただきました。

ちょくちょく足を運べる場所ではありませんが
数年後にまた、少しずつ甦る熊本城の勇姿を見に
行きたいと思います。

そして、今再び復興に向けて歩みだした熊本城へ、
ひとりでも多くの方が足を運んでいただきたいと思います。

続いて、もうひとつの加藤清正像のある本妙寺へ

【関連記事】 

pencil福島の旅~白河小峰城~(2013.6)

pencil熊本の旅~熊本城その1~(2014.11)





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2017年1月 8日 (日)

熊本地震復興応援の旅5~現在の熊本城をさるく・前編~

熊本地震復興応援の旅 つづきです。

城内に入れない今、観光の中心になるのが
おみやげ店や飲食店、観光案内所などが集まるスポット
桜の馬場城彩苑

隣には有料駐車場もあります。

この旅の大きな目的のひとつ
復興城主の申し込み手続きをしました。

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pencil関連記事 熊本城復興城主に(2016.12.23)

いただいた熊本城主の手形を利用して
隣接する湧々座(わくわくざ)を見学してきました。

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歴史文化を体験できる施設です

石垣はめこみ体験

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たったこれだけはめこむだけでも苦戦しちゃってました、私wobbly

この隣にある観光案内所が、さるくの受付です。

「さるく」は、ぶらぶら歩くの意味で
ボランティアガイドさんとともに、2時間ほどのコースを
歩きます。

コースはいくつかありますが、
今回選んだのはもちろんこちら

現在(いま)の熊本城をさるく

P_20170104_221410

参加料は1名500円。

こんなおみやげまでいただける上に

P_20170104_221317

さらに・・・なんとこの日は、私のみの貸切ガイドさん

数年前に熊本に戻ってきて
ガイドをされているという、郷土愛heart02たっぷりの男性ガイドさんです。

今回は、城内には入れませんので
お城の外を巡って被災状況などをこの目で実際に見ながら
歴史などもお聞きするというコース。

さるくは、2年前に訪れた時にも利用しましたが、
地震によりルートを変えて復活しているようです。
このアイデアや前向きな姿勢に頭が下がります。

pencil関連記事 熊本の旅~熊本城その1~(2014.11)

ルートは、ガイドブックとは逆回りで進みました。

前回、ご挨拶できなかった清正公の銅像から

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名古屋城にあるものと比べると、やはり出世した貫録がありますねup

熊本市内には全部で3つの銅像があるそうですが
この日、そのうちのもうひとつも訪ねました。

川越しに見える熊本城の名を記した石碑は
倒壊こそしていませんが、上部が回転しています。

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川越しに見える馬具櫓

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お話では、本震以降の度重なる余震で
次第に被害が大きくなってきたそうです。

そして、テレビ映像でもたびたび目にしていた
飯田丸五階櫓

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この角度ではわかりにくいのですが
わずかな石垣に支えられて、建物が持ちこたえる様子が痛々しいのです。

重要文化財の長塀

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242mの塀は、江戸時代に造られたもので国内最長。
一部倒壊していますが、石垣は無事のようです。

2年前に櫨方(はぜかた)門から入って
城内から見た長塀の美しい姿がこちらでした

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この後、お城の全体像を見るために

市役所庁舎

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14階の展望所スペースから
地上からは見られない全貌を見ることができました。

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本丸御殿と思われる建物も外見からは無事のようです。

ここからは、飯田丸五階櫓の石垣の崩壊がはっきりわかります

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鉄骨は、これ以上建物が崩れないようにするため
あくまでも応急処置だそうです。

建物や石垣など優先順位に基づいて復元工事が行われて
いくそうです。

市役所を出て、東から北側にまわります。

熊本城稲荷神社の鳥居

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大きなヒビがあり、注意の札がかかっています。

さらに隣の
熊本大神宮の被害は甚大です

隣接する熊本城の東十八間櫓北十八間櫓
建物と石垣ともに崩壊し、
境内へ大量の石が押し寄せています。

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本殿と拝殿は無事ですが、奥にあった社務所が全壊。

すでに建物は撤去されて、
現在は、これ以上の崩落を防ぐために
モルタルなどで固める作業をしているそうです。

その先も、まだ撤去しきれていない崩れた櫓と石垣が続きます。

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このあたりが被害が集中しているようにも見えます。

このあとは、坂を登り天守閣の見えるエリアへ向かいます。

つづく



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2014年12月14日 (日)

熊本の旅4~熊本城その4~

熊本の旅(熊本城)つづきです。

こんなに長くなるとは・・・(冷汗)
(サグラダ・ファミリアでも2回でまとめているのに)

やっと、ここまでたどりつきました。大天守入口

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さるくの時間は2時間ですが、ガイドさんのご厚意により
(時間に余裕があるならば、じっくり説明したいとのこと)
すでに3時間以上過ぎていましたが、天守閣も案内してくださいました。

天守閣は、昭和の再建なのでコンクリート造り。
この規模なら当然エレベーターがあるはず・・・(名古屋城とか、大阪城とか)

が、熊本城にはエレベーターがありませんhappy02

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すでに足が棒に近くなっていましたが、
ガイドさんが一番元気dash  ついていくしかありませんsweat01

すでにライトアップがはじまろうとしています。

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なんとか、時間内に天守閣の最上階にたどりつき
市内の眺望を堪能することができました~

へとへとでしたが、繁華街のビルに描かれたくまモンに癒されました~wink

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天守閣の中は、急ぎすぎてあまり記憶がありませんsad

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ガイドさんのお話では、天守閣内は構造的に文化財の保存には適さず
貴重な資料は市立博物館の方に展示しているそうです。

博物館や細川刑部邸など、今回は時間切れで見られませんでしたweep

天守閣の案内の後も、出発場所へ戻る道中も
ライトアップがきれいに見える場所を案内していただきました。

西出丸付近からの眺め

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お疲れモードで、手元がぶれまくっていますshock

このあたりは、明治以降陸軍の宿舎などが建てられたそうです。

宇土櫓の石垣外側から

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そして、今回はお城が一望できるすぐ近くのKKRホテル熊本に宿泊sleepy
寝ても覚めても熊本城がすぐに見える贅沢なお部屋でした

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夜景はガラス越しでうまく撮影できませんでしたが・・・

朝日に映えるお城が感動的でしたsun

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恐るべし熊本城、そして加藤清正thunder
わたくし家康ファンから、清正ファンに乗り移りそうな勢いですdash

100名城スタンプ無事ゲット

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熊本市を後に、天草方面へ向かいます。

つづく

2014年12月 9日 (火)

熊本の旅3~熊本城・その3~

熊本の旅 つづきです。

天守閣近くまでたどりつきましたが
(ゆっくり説明を聞いていたらここまで1時間半かかりましたsweat01)、
先にこちらから見学。

宇土櫓(うどやぐら)

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そこらの天守閣より大きいこれも熊本城では「櫓」なのです。

熊本城の建造物のほとんどは、明治時代の西南戦争で
焼失しましたが、焼け落ちずに残った貴重な建物のひとつです。

江戸時代の建造物は、当然重要文化財

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左の入口から続く廊下は、石垣との高さを合わせるため傾斜しています。

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中に入ると、再建されたものとは違う風格を感じます。

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なんといっても、階段の角度が歴史を物語っています。

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松本城、丸岡城など現存天守の階段はきつかったことを思い出しますsweat01

こちらも注目すべきもの。城内には多数の井戸が掘られています。

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秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で駆り出された清正は
籠城戦の際に、水でかなり苦労した経験から井戸を重要視したそうです。

この熊本城には、数多くの戦から学んだ防御術が凝縮されているのです。
(でも火事には勝てなかったのねcrying

続いて、本丸御殿に向かいます。

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本丸御殿に向かうためには、ここが唯一の通路となる
闇り通路(くらがりつうろ)

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当時は、ここを通らないと御殿にも天守にも入ることができず
これまた、築城の名手・加藤清正らしい名(迷!?)設計です。


西南戦争で焼失した本丸御殿は、絵図や写真などをもとに
平成20年に一部が復元されました。

大御台所(おおおんだいどころ) P1010348s

ここで殿様たちの食事が作られます。

ここから大広間が広がります。畳何畳だっけ?忘れてしまいましたcoldsweats01

P1010351s

本来は障壁画がほぼすべての部屋にあったそうですが
資料や予算などの諸般の事情にて・・・ここはシンプルです。
(名古屋城本丸御殿を先に見てしまったせいかもsign02

奥に行くにしたがって
部屋の天井装飾も少しずつグレードアップしていきます。

P1010355s

ここが御殿最高ランクの昭君之間です。
壁面には、中国の伝説の美女・王昭君が描かれています。

昭君は「将軍」ともかけられていて、
いずれは将軍家(豊臣家)を迎えるために造られたとか。
秀吉に幼いころから仕え、出世していった清正は生涯秀吉に忠誠を
誓っていたことが、建物内に残されています。

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この釘隠しにも豊臣の家紋が・・・

P1010346s

これを見たら徳川による清正暗殺説のことをふと思い出しました。
ガイドさんは「それはありません」ときっぱりお答えくださいましたが・・・

しかし、これだけの城を作る知力・財力を備え合わせた加藤清正は
徳川にとって脅威であったことは事実だと思います。


そして、御殿のすぐ近くには、熊本城が別名・銀杏城と呼ばれる所以の
大銀杏があったのですが、残念ながら見頃はまだでした。

ということで、やっと大天守の入口にやってきました。

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まったくいつまで続くんでしょう~coldsweats02  次で熊本城最終章です。

2014年12月 2日 (火)

熊本の旅2~熊本城・その2~

熊本の旅(熊本城) つづきです。

飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)を見学した後は、
とことん石垣&石造り三昧

城内いたるところにみられる石垣の特徴は
武者返しと呼ばれています。
裾はゆるやかですが、上に行くにしたがって急こう配になり
敵が登れないように計算されているのです。

P1010224s

熊本城内に入る前にここを通りました。
いきなり目に飛び込んできた宇土櫓と見事な石垣に驚きました。

加藤清正は、名城といわれる大規模な城(江戸、名古屋など)の普請だけでなく
治水事業などにも功績を残しています。

建築のみならず土木にも長けている清正は、
「戦国のガウディ」と呼びたいくらい(笑)

「虎退治」のイメージから恰幅の良さそうな清正ですが、
ガイドさんのお話や絵を見せていただくと
いかにも神経質そうな、でも建築家らしいインテリ風な風貌でした。


続いて、熊本城の石垣の「美」と「技」が見られる有名スポット

二様(によう)の石垣

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手前のゆるやかな石垣は築城当時の清正時代のもの。
奥の急こう配の石垣は、その後の細川時代のもの。
石積みの技術の進歩により、より急こう配の石積みが可能となりました。

今まで、写真では見る角度で重なって見えるのだと思っていましたが・・・

御殿を拡張するために石垣が継ぎ足されたそうですが、
太平の世になってもまだまだこんな石垣を増強していたのかと驚きます。

ここまでくると防御というより、究極の建築美をめざしたのでしょうかsign02

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お城マニアや石垣マニア!?にはたまらない空間ですheart02

隅の石の積み方にも大きな特徴があり
算木積みという工法が急こう配の石垣には見られます。

それにしても、よくこれだけの石を集めたものだと驚きます。
比較的近くで採石できたことや
平山城なので、さほど運搬には苦労しなかったようですが
石が不足したところには、墓石なども再利用されたそうで・・・

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階段には、梵字のよう文字や不思議な削り後がある石など・・・

そして、こちらにも不思議な石の空間があります。

地図石

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ここは、石垣の積み方とはまた違う組み合わせの石の床が広がります。
数寄屋丸への入口の待機場所ですが
この石の組み方は、熊本城の縄張り、または日本地図を表しているとも・・・

歌会や茶会が催されたという数寄屋丸

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石の話だけでもこんなにネタがある熊本城ですが
天守前の広場に到着し、ちょっと休憩後、いよいよ本丸へ

大天守と小天守

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このあたりへ来ると、外国人の観光客も大勢いました。
団体ツアーで来ると、駐車場から頬当(ほほあて)御門に入り、
最短で天守閣近くにたどり着くルートをとるようです。

石垣や櫓などの建築物をはじめ、
時間をかけて熊本城を見たいという方は、
櫨方(はぜかた)門、須戸口門からの入城がオススメです。

いよいよ天守閣へ・・・その前にまだ大事な建物が。

つづく


2014年11月28日 (金)

熊本の旅1~熊本城・その1~

11月9日から11日にかけての熊本の旅を
ぼちぼち記録していきたいと思います。

くまモンスクエアで門前払いに遭ってしまったため(記事はこちら
気を取り直して、本来の最大の目的地

いざ熊本城へ!

あらかじめ申し込みをしておいたガイドツアー
くまもとさるくのその名も「いざ熊本城へ」のコースに参加です。

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(桜の馬場・城彩苑内の観光案内所から出発)

「さるく」は「歩いてまわる」という九州の方言。
以前、長崎でもこのようなガイドツアーに参加したことがあり
「さるく」は個人旅にぴったりだと思いました。

熊本城には無料ボランティアガイドもいらっしゃいますが
人数に限りがあるので、確実にガイドをお願いするならこちらがおすすめ。

ガイドさんは初老の男性
私たち4名のグループ専属のガイドとなりました。
(料金はひとり500円×人数分 プラス熊本城入場料)

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リーズナブルな上に、記念品のてぬぐいとミネラルウォーター付きhappy01

熊本城には入口となる門がいくつかありますが
今回は櫨方門(はぜかたもん)からの入城です。

お城全体像についての説明からスタートです。

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日本三名城のひとつと数えられる熊本城

広さ約98ha(東京ドーム21個分)、周囲約5kmという広大な城郭は
外様(とざま)大名の城としては最大の規模。

築城したのは、尾張出身で豊臣秀吉に仕えた加藤清正。

まずは、フォトスポットとなるこちらから

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石垣の合間から大天守がのぞめるスポット。

お城といえば天守閣を目当てに行くものですが、
ここでは石垣の高さとボリュームに圧倒されます。
今は石垣だけになっている部分も、
築城当時はその上に櫓や塀があったそうで、その様は圧巻でしょう。

熊本城は7年の歳月をかけて1607年に完成。

高度な築城技術を用いた強固な城郭ですが時はすでに江戸時代。
戦乱の世は終わり江戸幕府の間は、ここで戦となることはありませんでした。

しかし明治時代の西南の役の際、失火によりほとんどの建物が焼失します。
(薩摩の兵士の攻撃で焼けたということではないそうです)

石垣の多くは残っていたため
昭和以降、古写真などを参考に当時の建物を復元しているそうです。

反対を向くと、こちらは見事な長塀(約240m)が続きます。

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重要文化財で、現存の塀では国内最長です。

この塀の外には、
花畑御殿と呼ばれた広大な藩主の屋敷が存在していました。

いよいよ石垣の間を通って本丸へ向かいます。

クランクだらけの通路の両脇には、高さ10m以上の石垣がそびえます。

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熊本城の石垣は、戦国時代中期以降の技術といわれる
打込み接(うちこみはぎ)という技法が使われています。
石を加工して、隙間を極力なくした強度の高い積み方です。

もちろんこれらを作ったのは、敵からの攻撃に備えるため。

当時の敵の武士の気持ちになると
「この構造と守りでは、天守へ攻め込むのはムリだ」と
あきらめモード全開(悲)

飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)へ

P1010283s

櫓(やぐら)といえば、お城の隅にある見張りや倉庫のための建物ですが
その大きさが、一般的な天守閣のサイズを超えています

現存天守でいえば、彦根城や犬山城より大きいかも。
こんな規模の五階櫓が熊本城には、かつて5つほどあったとか。

この建物は2005(平成17)年に再建されたものですが
内部は、当時の建築・加工技術を用いて再現されています

P1010287s

普通ならこれくらいの距離と時間で「お城一周」になるのですが
熊本城は、まだまだはじまったばかり・・・

長編になりそうです(^_^;)


pc熊本城
http://www.manyou-kumamoto.jp/castle/
pc熊本さるく
http://www.k-yokatoko.com/saruku.html

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