カテゴリー「├ お城・史跡(中部・北陸)」の26件の記事

2017年9月 3日 (日)

「直虎」ゆかりの地めぐり15~久留米木の棚田と竜宮小僧~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです

ドラマの中では 川名の隠し里 として登場した
美しい田園風景の広がる

久留米木の棚田

直虎の曽祖父(直平)の隠居地であり
検地を逃れながら守っていた土地という設定でした

近年では、”日本の棚田百選”にも選ばれており
その存在は、地元では知る人ぞ知る・・・で
私も以前から気になっていた場所です

井伊谷から国道257号線を北上(愛知県方面へ)
この看板を目印に右折

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この辺りは、新東名と三遠南信自動車道のジャンクション付近で
ここ数年で景色も激変

P1110740s

その先、比較的広くて走りやすい道を進んでいくと
手作りの看板が何か所かあります

P1110804s

ここのV字カーブがポイントです(見逃すとたどりつけません)

駐車場は旧 久留米木小学校(平成22年廃校)の体育館前

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田んぼ周辺は、耕作者用の駐車スペースのみなので
観光客はここに停めて、少し歩くことになります

駐車場は無料ですが、募金箱があります

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正面に棚田を見ながら坂を下ります(帰りがしんどいsweat01

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駐車場から300メートルほどで金網のゲート(西門)が現れます

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この先、いくつかのゲートを開いては閉め・・・を繰り返しながら進みます

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自分が檻に入れられているような感覚になりますが・・・(笑)

美しい棚田の風景が広がります

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田植え前の水の張られた田んぼや収穫時期が人気ですが
青々としたこの田んぼ風景も私は好きですheart02

久留米木の棚田と呼ばれるこの一帯(7.7ha)には
約800枚の田んぼがあるといわれています

この地の歴史は平安時代の頃からともいわれ
特に戦国時代には、ドラマに描かれたように
直虎の祖父たち井伊家の庇護よって開墾が進みました

現在も、井伊家家臣の末裔たちが景観を守っています

ゲートから10分くらいで棚田の中腹へ

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P1110761s

季節にもよりますが、この時期は下からの景色の方が
棚田の「段々」の雰囲気がよりわかりやすい気がします

しかし景色を感じる以上に
これだけの傾斜地で田んぼを維持することの大変さを
思わずにはいられません。

私が住む地域は、海沿いの平坦な土地ですが、
それでも近隣の方がから「田んぼは労力がかかりすぎて大変」と
耕作を放棄するお話しを時々伺います。

この久留米木の棚田も放棄地が増えていたそうですが
大河ドラマのロケ地になったこともあり、
再生プロジェクトが立ち上げられたと聞きます。

そして、ここまで来たら・・・

体力に余裕のある方は

竜宮小僧伝説の地まで足を延ばしましょうdenim

整備されてはいますが、坂道あり、
ちょっとイノシシ出るんじゃないかshock、みたいな道あり・・・

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15分ほどで竜宮小僧の伝説の湧水へ

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伝説の詳細はこちら(久留米木棚田のオフィシャルページ参照

お地蔵さまも安置されています

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そして、よ~く見ると、その近くに伝説どおり水が湧いていました!

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わかりにくいかもですが、何の設備もない自然の湧水がコンコンと・・・

ここで、ふと・・・
ドラマセットの井戸みたいになっていたら良いのに~(笑)

P1000060s

(大河ドラマ館にて撮影)

もしかしてこのセットは、井伊家初代・共保公出生の井戸と
この竜宮小僧の湧水をかけあわせてイメージされたのかな?と
推測してしまいました

それにしても運動不足の身にはなかなかのコースでしたdash

再び棚田の風景

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傾斜地上部から見た風景です

時が止まったような美しい景色に加え
歩道を進む途中に、トンボが多くて感動しました

その他にも、久々に聞くような鳥?虫?の声がたくさん聞こえました

間もなく収穫時期を迎える棚田

P1110799s

ドラマで放映されたあの美しい黄金色の棚田の風景が
今年も見られそうです

歩きやすい服装&靴で
田んぼを守る方々の迷惑にならないようにお出かけください



pc久留米木の棚田ホームページ




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2017年9月 2日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり14~小野但馬守政次供養塔と二宮神社~

直虎ゆかりの地めぐり 久々です

高橋一生さん演じる 小野但馬守政次の衝撃的最期に
人並みに「政次ロス」に陥ってしまいましたcrying

こんな時、地元が舞台のドラマはありがたい・・・と
番組最後の「紀行」で紹介されたこちらへ

小野但馬守政次終焉の地(供養塔)

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国道257号線から少しはいった住宅街の中にありますが
次々に人が訪れていて、関心の高さがうかがえます

看板はつい最近用意されたみたいですね

代々小野家は筆頭家老として
井伊家より厚い信頼を受けている家柄なので
井伊家の菩提寺の中に墓があるそうですが、
政次だけは、罪人として扱われたことで墓はなく、
地元の人たちが供養塔として建てたものがこちら

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左から二番目のとがった石碑が政次のもの

ドラマでは独身の設定でしたが、
実際には2人の息子がおり、両脇の小さな石が
幼い息子たちの墓だといわれています

また、実際に処刑されたといわれる蟹淵(がにぶち)は
現在の国道を挟んだ東側を流れる井伊谷川沿いにあったそうです
(現在は河川改修などで蟹淵の形跡はないようです)

もうひとつ政次に関連する史跡があるというので
そちらも訪ねてみました

二宮神社

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井伊谷城跡のある山の麓にあります

昨年末に井伊谷城跡に登った時に標識は見ましたが
まさかこのような展開になるとは思わず、無関心・・・

こちらに祀られているのは
宗良(むねなが)親王他5柱

宗良親王は、後醍醐天皇の皇子で
(南北朝の対立により)船で逃れてきたところ
遠江に漂着した後、再び晩年をこの地で過ごしました

(龍潭寺に隣接する井伊谷宮は宗良親王を祀り、御陵もあります)

スロープもありますが、とりあえず階段で!

P1110816s_2

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由緒ある神社という雰囲気が漂います

御本殿の右隣にある小さいお社が天王社

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こちらには5社(但馬神社、伊雑皇神社、神明神社、鎌足神社、鹿島神社)
が合祀されています

かつては、供養塔と合わせて但馬守(多道間守)を祀る
但馬社という独立したお社もあったそうですが現在はありません

ここには、地元の方の手作りと思われる
小野但馬守政次に関する案内も掲示されています

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この神社から井伊谷城跡に登ることもできます

下りはスロープへ

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ご神木と、その奥にあるもう1本の木、パワーを持ってる感じsign02

政次の墓及び二宮神社は、いずれも駐車場がありませんし、
周辺は住宅街なので迷惑にならないようにしましょう

徒歩で500メートルほど(歩いて10分弱)の
地域遺産センターの駐車場が無料で利用できます

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こちらには、井伊谷に関する発掘資料や
青葉の笛の再現模型なども展示されていて、無料で見学できます

また、ボランティアガイドさんもいるので
こちらで情報を収集して、井伊谷城跡や天白磐座遺跡など
この周辺の史跡をあわせて散策することをオススメします



pc直虎ゆかりの地 浜松・浜名湖観光情報





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2017年8月22日 (火)

三重の神社とお城をめぐる旅6~松阪商人の町並み~

三重の神社とお城をめぐる旅 つづきです

松阪商人の館などがある町並みへ

松阪城公園の市営駐車場からも歩いて15分くらいですが
休日ということもあり市役所の駐車場を利用しましたrvcar

商人というと大阪・堺や近江というイメージでしたが
実は、松阪(伊勢)も豪商が多い町なんですね

その最たる証拠が・・・

ライオン(来遠)像

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あの三越百貨店のシンボル(友好で贈られたものだそうです)です

なぜここにいるかというと
創業家である三井家はここ松阪が発祥なのです

三井家の中興の祖ともいわれる三井高利は、
この地で金融業を営み資金を蓄え
その後、江戸に出した店が呉服屋の「越後屋」
井さんの後屋だから「三越」ですねbleah

このライオン像を目安に路地へ入るとすぐに
三井家発祥の地があります

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現在は切り取られたわずかな敷地だけが残りますが、
松阪でもその規模は別格の豪商だったそうです

そして、その周辺には
当時の長者番付に登場するような豪商が何軒もありました

そのひとつの小津家の建物がこちら

松阪商人の館

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紙問屋の小津家の建物・敷地を一部縮小しながらも
江戸時代当時のまま保存しています

入館料は200円

係の方が入口付近で大まかな説明をしてくださいます
(その先は自由見学)

この小津家、国学者の本居宣長の実家(小津家)とも
関係があったそうです

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土間には大きな釜の他に、石でできた地下金庫?も展示されています

見世の間と勘定場

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内蔵

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松阪商人から豪商が輩出されているのは
伊勢への街道沿いという好立地、
松阪木綿などの商材があったことはもちろんですが、
松阪藩主の蒲生氏郷が入った後に、
町人を保護し、楽市楽座をすすめて
商売がしやすい政策をとったことも大きいようです

近江出身で、織田信長のもとで出世した武将らしい功績shine

経済政策にも長け、
城づくりにも素晴らしい才能を持っていたと思われる蒲生氏郷は
もっと長生きしていたら、
歴史上でもっと注目される武将になっていたはずです

知ればしるほど、興味湧いてきた~bleah

続いて、通りを1本隔てた場所にある

本居宣長宅跡

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旧住宅(鈴屋)は、松阪城跡の中に移築されていますが、
ここには蔵や、松の木がそのままに残されています

旧長谷川邸

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こちらも豪商で、木綿商を営む長谷川治郎兵衛の本宅

大きな蔵が現存しています

期日限定で内部が公開されているそうですが、
この日は残念ながら閉館していました

P1110416s

駆け足でまわった松阪城周辺と松阪商人の町並み

史跡や町並みが想像以上にきれいに維持されていて
町の人々が歴史を大事にしていることに感銘を受けました

県外の者にとっては、松阪は「観光のまち」の印象がありませんが
訪ねてみたらみどころがたくさんで、
もっとゆっくり時間をかけてみたい町でした

そして、最後は・・・

松阪まで来てこれを食さず去るわけにはまいりません!

P1110418s

松阪牛ハンバーグの夕食restaurant

ジューシーで、デミグラソースが懐かしい味でしたhappy01

本来ならステーキかすき焼きといきたいところですが・・・
そこはお財布事情に加え、ひとりでも気軽に入れるということで

松阪牛のお店として有名な牛銀本店さんに隣接する
洋食屋牛銀さんにて

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豊富なメニュー&お手頃価格で松阪牛を使ったメニューが楽しめます

こうして三重県の旅1日目は終了となり、津市内にて宿泊sleepy

翌日は、伊勢のちょっと人の少ない神社をめざします

つづく


pencil松阪市観光協会ホームページ




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2017年8月18日 (金)

三重の神社とお城をめぐる旅5~本居宣長記念館と御城番屋敷~

三重の神社とお城をめぐる旅 つづきです

松阪城公園内から、反対側へ降りても行けたのですが
天候も不安&時間がなかったので車でワープrvcar

本居宣長(もとおりのりなが)記念館

P1110358s

なかなか読めない名前ですが、日本史の教科書ではお馴染み

松阪出身の国学者を紹介する資料館です

内部はリニューアル直後とあってとてもきれいでした

1階は、本居宣長の功績や系譜を紹介するエントランススペースと
木材を多様した学習スペース

2階は、主に著書や書状、使用していた道具などが並びます

係の方が説明もしていましたが、
何せ今回時間がないので駆け足の見学でしたdash

歴史の教科書で名前を聞いたことがある程度でしたが、
8世紀に編纂された古事記を訳した「古事記伝」の著者で
後世の研究にも多大な影響を与えた国学者です

元々は商人の家に生まれながら
自分は商売には向いてない、と医者の道に進みながらも
その傍らで国学者として功績を残しています

特に、師と仰ぐ賀茂真淵(浜松出身)とは親交が厚かったそうです。

わが家の近所に賀茂真淵記念館がありますが
行ったことがないので、これは訪ねてみなければcoldsweats02

こちらでいただいた100名城のスタンプ

27a88070facb40aea6ebd6b7f07337b5

近くには本居宣長ノ宮もあります

P1110362s

さらに本居宣長記念館の受付にて
周辺のみどころを教えていただき、GOdash

徒歩ですぐのところにある
御城番屋敷(ごじょうばんやしき)

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刈り揃えられた生垣と石畳、風情があります

松坂藩は、江戸初期に紀州藩の出先として城代がおかれており
城内警護のために紀州から移り住んだ武士(御城番)の住居がこちら

いわば「官舎」ってところでしょうか

現存する建物は幕末に建てられたもので
重要文化財に指定されています

反対から見ると、すぐ目の前にお城が見えます

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棟続きになった長屋風の建物ですが
お城の石垣の上から見ると、全体像がきれいに見える、はず
(くれぐれも石垣から落っこちないようにdangerです)

現在も子孫の方々が管理され、
借家として住まわれている方々がいらっしゃいます

生垣に囲まれた各戸の玄関

P1110372s

景観などを維持しながら生活するのも大変です

そのうちの一戸が無料公開されています

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意外とシンプルな間取りですが、平屋で4部屋以上ありますよ

P1110367s

土蔵(城内の米蔵を移築したもの)

P1110381s

石垣も素晴らしい松阪城でしたが
紀州藩(紀州徳川家)とつながりを持つ城下として
貴重な史跡も残っており見ごたえがありました

またゆっくり訪ねてみたい城下町です

この後は、松阪商人の足跡を知る町並みへ向かいます

つづく





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2017年8月16日 (水)

三重の神社とお城をめぐる旅4~松阪城跡~

三重の神社とお城をめぐる旅 つづきです。

鈴鹿インターから松阪インターまで
渋滞もなくスイスイrvcar ラッキーでした~

松阪といえば、真っ先に「牛」「牛肉」が浮かびますが
インターを降りてからも道路沿いには牛肉屋の看板だらけ(笑)

しかし、今回は牛肉が目的ではなく、お城と街並みを訪ねます。

松阪城跡

P1110314s

城跡に隣接する(市営グラウンド横に)無料の市営駐車場を利用し登城

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現在の市名は「松」ですが、
城址の石碑には「松

「大坂」から「大阪」のような時代的な変化でしょうか?

(こちらの記事では、松阪城で統一します)

この松阪は、100名城に指定されていますが
正直、ちょっと石垣があるくらいかな・・・の予備知識

実際、100名城は各県にまんべんなく指定されている関係か
今まで、「えっ、これ?」というのもありましたから・・・

ところが、実際に歩いてみると高くそびえる立派な石垣にびっくりhappy02

P1110317s

戦国時代を象徴する野面積みの石垣
隅には、算木積みといわれる技法も採り入れられています

松阪城は蒲生氏郷(がもううじさと)によって
1588年に築城されました

近江国出身の蒲生氏郷は、安土城の築城にも関わっており
出身国の近江から穴太衆(あのうしゅう)といわれる
石垣づくりで有名な職人たちを呼び寄せて築城したそうです。

登城途中にある歴史民俗資料館(旧飯南郡図書館)

P1110321s

時間がないので、こちらはパスです

月見櫓跡

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建物は残っていませんが
かつては櫓が随所に配置されていた様子がうかがえます

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このような入り組んだつくりをたどり、石段を登ると・・・

本丸

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さらに一段高いところに天守台跡

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石垣のそばまで行って歩けるところも多いのですが

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際まで行ってみると、その先は・・・崖

眺めは良いけど 絶壁

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このような看板が随所にあります(立入り禁止ではありません)

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まるで、外国によくありがちな
「この先、自己責任で・・・」という注意書きですdanger

近年、石垣が修復されているそうですが、ちょっときれいすぎ?

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蒲生氏郷の関わったお城として、会津若松の鶴ヶ城があります。

以前訪ねた時に、茶文化を発展させたお殿様だったと聞き
あまり城づくりのイメージがありませんでしたが
もしかして、加藤清正に匹敵するくらいの名手かも?

こちらは、江戸時代になってからの石垣だと思われますが
まるで熊本城(二様の石垣)に匹敵しそうな急こう配の石垣です

P1110385ss

正直、松阪城をナメてましたcoldsweats02 期待以上の素晴らしい城跡

建物がないとがっかりする方もいらっしゃいますが
石垣好きならぜひ見ていただきたいお城です。

時間の都合で、すべて回りきれておりませんが、
季節の良い時期にまた訪ねてみたいと思うのでした。

そして、公園内には史跡の他、
松阪の歴史などに関する文化施設もいくつかあります。

100名城スタンプもこちらでいただけるということで
本居宣長記念館へ向かいます

つづく





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2017年7月10日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり13~太刀洗の池~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

前記事に続き、浜松市中心部に近い史跡です。

直虎の友でもあったといわれる瀬名姫。
のちの築山殿(徳川家康の正室)に関連する地。

あまり良い意味で「ゆかりの地」とはいえないのですが・・・

太刀洗の池(たちあらいのいけ)

P1030881s

家康と築山殿の長男・信康に嫁いだのが
織田信長の長女である徳姫。

しかし、徳姫は、築山殿との折り合いの悪さから
信長に、信康と築山殿に「謀反の疑いあり」の訴状を送ったことから
信長は、家康に対して信康と築山殿の処刑を命じます。
(これに関しては諸説あります)

1579年8月、築山殿は、
(家康に招かれて)岡崎から浜松城に向かう途中に
家康の家臣・野中重政と岡本時仲によって殺害されます。

その場所がこの付近、小藪村と呼ばれていた地で、
血の付いた刀を洗った池がこのあたりにあったと
伝わります。

P1030880s

現在は、石碑や写真のついた案内板が残っているだけです。

P1030879s

ちょっと奥に行ってみましたが・・・

P1030884s

池というより水路のようになっていました。

訪ねたのは4月上旬で、桜が見ごろの季節。

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天下を取り、太平の世を築いた徳川家康の妻でありながら
その道半ばで命を落とした築山殿を弔うようでした。

ここは、浜松医療センターという病院の駐車場の一角。

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駐車場は有料ですが、30分までは無料です。

こちらも周辺史跡とあわせての散策がオススメです。



pc太刀洗の池 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)





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2017年5月29日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり11~松下屋敷跡~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

頭陀寺(ずだじ)に隣接した小さな公園

松下屋敷跡

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松下家とは、戦国時代にこの周辺を治めていた国人領主。

その屋敷がここにあり、別名・頭陀寺城と呼ばれていました。

100m四方ほどの敷地は、堀で囲まれ
土塁が築かれていたようです。

小さいながらも「お城」の形をとっています。

P1030422s

15年ほど前に行われた発掘調査の結果
生活の跡がわかるような陶器類などが多数発掘されたとか・・・

しかし、お屋敷の中心だった場所は
南北に広い道路が通り、
さらに沿道は「かっぱ寿司」の店舗と広い駐車場になっています。

P1030424s

公園から東側を臨む

この道、よく通りますが、
そんな歴史を知ったのは、つい最近のことですwobbly

公園内の一角には石碑があり、少し小高くなっています。

P1030421s

このあたりは、屋敷の西北にあたる場所で、
土塁の跡が若干残っているようです。

かつては、松下稲荷がここにあったそうですが
現在、隣接する頭陀寺に祀られています。

ここが、「直虎」ゆかりの地である理由は・・・

直政(虎松)の母親が
松下家の一門である松下清景に嫁いだ(再婚)ことから
虎松も松下家の養子に入ります。

その後、徳川家康に取り立てられ、
井伊家再興を成し遂げていくこととなります。

また、「直虎」に関連してくるかは現在未定ですが
これより時代は遡って
この松下家の屋敷には、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が
当時の城主・松下加兵衛(之綱)に3年ほど仕えていました。

隣接する頭陀寺の資料館とあわせて見学すると、
歴史がよくわかると思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil頭陀寺の三公像(2017.5)






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2017年5月21日 (日)

「直虎」ゆかりの地めぐり10~頭陀寺~

3ヶ月ほど前に訪ねた「直虎ゆかりの地」です。

今年の「おんな城主 直虎」のゆかりの地は
浜松市といっても旧引佐町(現・北区)の史跡が多いのですが、
こちらはわが家からも近い同じ南区内にあります。

頭陀寺城跡

P1030418s

ここは、かつて地域の荘官であった松下家のお屋敷を中心に
塔頭など広い寺域をもったお寺があり、一帯は頭陀寺城とも
呼ばれていました。

その名残を残すお寺がこちらの頭陀寺(ずだじ)

正式名称は 青林山頭陀寺

真言宗の寺院です。

山門

P1030402

703年文武天皇の勅願により圓空上人が建立。

今川家の庇護のもとに繁栄しましたが、
今川氏の衰えとともに一度は衰退しかけたものの、
その後、豊臣秀吉や徳川家康との縁もあり
復興することとなります。

境内は自由に入ることができ、
山門のところに案内図が用意されています。

P1030405s

門をくぐってすぐに
願掛け三尊が迎えてくれます

P1030406s

左から弘法大師、水掛一願地蔵尊、浪切不動明王、

正面に本堂です

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ここは、浜松市の中心からもほど近く
第二次世界大戦時の空襲でお寺の建物を焼失。
現在の建物は戦後に建立されたものです。

かつては、立派な三重の塔もそびえていたそうです。

ご本尊は薬師瑠璃光如来。

本堂内ご本尊右には弘法大師の木像が
安置されています。
幾多の火災や水害、戦災を逃れたことから、
難除大師として信仰されています。

本堂の奥に進みたいのですが、
行き方がわかりにくく、周辺をウロウロすること数分coldsweats02

やっと奥へ進む道へ出ることができました~

P1030409s

奥に見えるのは馬頭観音堂(ペットの納骨堂)

こういうことでした・・・(本堂を振り返ったところ)

P1030413s

本堂の階段を一度登って、ぐるりとまわればよかったんですね。
(普通の人は迷わない、かwobbly

元は隣接する松下屋敷にあったもので、
松下家の先祖応神天皇らが祀られています

新たにつくられた三公像

P1030412

豊臣秀吉、徳川家康、井伊直政が並んでいます。

三公像の記事は  こちら(頭陀寺の三公像)

再び境内入口近くに戻ると
歴史資料館があります。

P1030417s

(売店や御朱印・御守り授与所など併設)があります。

入館料は100円。

小さな建物ですが、地元の方たちの
手作り感が感じられる資料が並べられた資料館です。

P1030416s

(展示物は撮影禁止になっていますが、
 全体の雰囲気だけ許可をいただいて撮影・公開しています)

資料もわかりやすく作られていますが、
さらに、ボランティアの説明員の方がいらっしゃって
とても丁寧に説明してくださいました。

古地図を見ると、
この付近が砂洲が広がっていたことがわかります。
改めて自分の住んでいる地域の歴史を認識eye

また、展示資料中で最も多いが
豊臣秀吉(当時は藤吉郎ですが)の奉公時代。

浜松にいたことは歴史的にあまり知られていませんが
この地の荘官だった松下加兵衛に3年ほど奉公しています。

ここから秀吉の出世物語が始まっているんですね。

剣の練習をしていたことから片葉の葦や釜研ぎ池、
片目のメダカなど秀吉にまつわるエピソードが
この周辺にはいくつもあるんですよ。

さらにその奥の映像コーナーでは、
歴史学者として知られる磯田道史氏による
頭陀寺周辺を案内している様子を見ることができます。

小さいながらもぎっしり情報の詰まった
みごたえのある資料館でした。

御朱印はこちら

P_20170520_231934

ご朱印をいただくところに売っているオリジナルのお醤油

頭陀せうゆ

P_20170519_234402

瓶の形がハート型になっていて、おみやげにも喜ばれますね。

P_20170519_234430

実は、私もこれ、いただきものなのですpresent

つづいて、松下屋敷跡へ向かいます






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2017年4月20日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり8~2つの桶狭間古戦場・後編~

「直虎」ゆかりの地めぐり
2つの桶狭間古戦場 つづきです。

名古屋市の桶狭間古戦場公園を後にして、
向かったのは・・・

隣接する豊明市にある

桶狭間古戦場伝説地

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前編の桶狭間古戦場公園から直線距離で約1Km弱。
(車で5分ほど)

石柱に記された漢字から古さが感じられます。

国指定史跡に指定され、この石柱ができたのは1941(昭和16)年とのこと。

案内表示によると、
今川義元、家臣の松井宗信などの塚があり、
1771年には石表が建てられたというので歴史は古いようです。

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こちらは木々が多く、手入れの行き届いた庭園といった感じ。

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この公園内をぐるりと囲むように 七石表(石碑)が建っています。

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一号碑 

P1100047s_2

今川義元の戦死した場所を示す最も古い石碑だそうで
表面の文字はかなり読みにくくなっています。

今川義元のお墓

P1100052s

上記はいずれも道路沿い(西側)にあります

公園奥(東側)にも数本の石碑がありますが、
無名の武将のようで、よくわかりませんでしたweep

P1100059s

進軍ルートなどの案内板

P1100056s

ここにも案内図が用意されている(トイレ付近?)との表記がありましたが
いただいてくるのを忘れてしまいました。

 

一通りみても、所要15分くらいのこじんまりした公園です。

が、こちらのほうが「それっぽい」雰囲気が漂うのは気のせい?

というのも、この古戦場伝説地は隣が病院です。

P1100043s

きれいな病院に建て替えられているのですが、

20年ほど前の夜にここを通った時には
建物も古く、看板の雰囲気と相まって怖かったのですshock

「あ~、ここが有名な合戦場の跡なのね」と悟りました。

そして、最寄りの駅は中京競馬場駅。
合戦といえば、馬がつきものですが、それも関係あるかしらsign02

horsehorsehorsehorsehorse

名古屋市と豊明市にある2つの史跡は

最近、「本家」争いで対立しているようなニュースを目にしましたが

2つの史跡を比較すると

古戦場跡の「雰囲気」は豊明市の「伝説地」

一方で名古屋は、さすがに大都市。
公園の整備やホームページなど情報の充実度
知名度などは、一枚上手という感じです。

名鉄の駅からそれぞれ徒歩圏内ですし、
ぐるりと周遊すればウォーキングにも最適な距離だと思います。

ウォーキングしながら、この地で散った今川義元や
勝ち戦となった織田信長になりきるのもありですね。

しかし、私は、義元でも信長でもなく・・・

今川義元の討死により、人質から解放されたとはいえ
命からがら古巣へ戻ったといわれている
徳川家康の気持ちになってみようと岡崎へ向かいました。

horseじゃなくて、車rvcarですけど、ねcoldsweats01
(それに、帰る方向だしsign02

つづく

(豊明市)桶狭間古戦場伝説地

(名古屋市)桶狭間古戦場保存会

(名古屋市)名古屋に桶狭間あり。





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2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

P1100017s

あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

P1100014s

(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

P1100015s

今川義元の墓碑

P1100016s

大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

P1100022s

合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

P1100028s

P1100021s

とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

P1100030s

すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

P1100031s

今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

P1100033s

かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

P1100032s

公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



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