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カテゴリー「├ お城・史跡(中部・北陸)」の20件の記事

2017年5月29日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり11~松下屋敷跡~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

頭陀寺(ずだじ)に隣接した小さな公園

松下屋敷跡

P1030420s

P1030419s

松下家とは、戦国時代にこの周辺を治めていた国人領主。

その屋敷がここにあり、別名・頭陀寺城と呼ばれていました。

100m四方ほどの敷地は、堀で囲まれ
土塁が築かれていたようです。

小さいながらも「お城」の形をとっています。

P1030422s

15年ほど前に行われた発掘調査の結果
生活の跡がわかるような陶器類などが多数発掘されたとか・・・

しかし、お屋敷の中心だった場所は
南北に広い道路が通り、
さらに沿道は「かっぱ寿司」の店舗と広い駐車場になっています。

P1030424s

公園から東側を臨む

この道、よく通りますが、
そんな歴史を知ったのは、つい最近のことですwobbly

公園内の一角には石碑があり、少し小高くなっています。

P1030421s

このあたりは、屋敷の西北にあたる場所で、
土塁の跡が若干残っているようです。

かつては、松下稲荷がここにあったそうですが
現在、隣接する頭陀寺に祀られています。

ここが、「直虎」ゆかりの地である理由は・・・

直政(虎松)の母親が
松下家の一門である松下清景に嫁いだ(再婚)ことから
虎松も松下家の養子に入ります。

その後、徳川家康に取り立てられ、
井伊家再興を成し遂げていくこととなります。

また、「直虎」に関連してくるかは現在未定ですが
これより時代は遡って
この松下家の屋敷には、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が
当時の城主・松下加兵衛(之綱)に3年ほど仕えていました。

隣接する頭陀寺の資料館とあわせて見学すると、
歴史がよくわかると思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil頭陀寺の三公像(2017.5)






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2017年5月21日 (日)

「直虎」ゆかりの地めぐり10~頭陀寺~

3ヶ月ほど前に訪ねた「直虎ゆかりの地」です。

今年の「おんな城主 直虎」のゆかりの地は
浜松市といっても旧引佐町(現・北区)の史跡が多いのですが、
こちらはわが家からも近い同じ南区内にあります。

頭陀寺城跡

P1030418s

ここは、かつて地域の荘官であった松下家のお屋敷を中心に
塔頭など広い寺域をもったお寺があり、一帯は頭陀寺城とも
呼ばれていました。

その名残を残すお寺がこちらの頭陀寺(ずだじ)

正式名称は 青林山頭陀寺

真言宗の寺院です。

山門

P1030402

703年文武天皇の勅願により圓空上人が建立。

今川家の庇護のもとに繁栄しましたが、
今川氏の衰えとともに一度は衰退しかけたものの、
その後、豊臣秀吉や徳川家康との縁もあり
復興することとなります。

境内は自由に入ることができ、
山門のところに案内図が用意されています。

P1030405s

門をくぐってすぐに
願掛け三尊が迎えてくれます

P1030406s

左から弘法大師、水掛一願地蔵尊、浪切不動明王、

正面に本堂です

P1030408s

ここは、浜松市の中心からもほど近く
第二次世界大戦時の空襲でお寺の建物を焼失。
現在の建物は戦後に建立されたものです。

かつては、立派な三重の塔もそびえていたそうです。

ご本尊は薬師瑠璃光如来。

本堂内ご本尊右には弘法大師の木像が
安置されています。
幾多の火災や水害、戦災を逃れたことから、
難除大師として信仰されています。

本堂の奥に進みたいのですが、
行き方がわかりにくく、周辺をウロウロすること数分coldsweats02

やっと奥へ進む道へ出ることができました~

P1030409s

奥に見えるのは馬頭観音堂(ペットの納骨堂)

こういうことでした・・・(本堂を振り返ったところ)

P1030413s

本堂の階段を一度登って、ぐるりとまわればよかったんですね。
(普通の人は迷わない、かwobbly

元は隣接する松下屋敷にあったもので、
松下家の先祖応神天皇らが祀られています

新たにつくられた三公像

P1030412

豊臣秀吉、徳川家康、井伊直政が並んでいます。

三公像の記事は  こちら(頭陀寺の三公像)

再び境内入口近くに戻ると
歴史資料館があります。

P1030417s

(売店や御朱印・御守り授与所など併設)があります。

入館料は100円。

小さな建物ですが、地元の方たちの
手作り感が感じられる資料が並べられた資料館です。

P1030416s

(展示物は撮影禁止になっていますが、
 全体の雰囲気だけ許可をいただいて撮影・公開しています)

資料もわかりやすく作られていますが、
さらに、ボランティアの説明員の方がいらっしゃって
とても丁寧に説明してくださいました。

古地図を見ると、
この付近が砂洲が広がっていたことがわかります。
改めて自分の住んでいる地域の歴史を認識eye

また、展示資料中で最も多いが
豊臣秀吉(当時は藤吉郎ですが)の奉公時代。

浜松にいたことは歴史的にあまり知られていませんが
この地の荘官だった松下加兵衛に3年ほど奉公しています。

ここから秀吉の出世物語が始まっているんですね。

剣の練習をしていたことから片葉の葦や釜研ぎ池、
片目のメダカなど秀吉にまつわるエピソードが
この周辺にはいくつもあるんですよ。

さらにその奥の映像コーナーでは、
歴史学者として知られる磯田道史氏による
頭陀寺周辺を案内している様子を見ることができます。

小さいながらもぎっしり情報の詰まった
みごたえのある資料館でした。

御朱印はこちら

P_20170520_231934

ご朱印をいただくところに売っているオリジナルのお醤油

頭陀せうゆ

P_20170519_234402

瓶の形がハート型になっていて、おみやげにも喜ばれますね。

P_20170519_234430

実は、私もこれ、いただきものなのですpresent

つづいて、松下屋敷跡へ向かいます






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2017年4月20日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり8~2つの桶狭間古戦場・後編~

「直虎」ゆかりの地めぐり
2つの桶狭間古戦場 つづきです。

名古屋市の桶狭間古戦場公園を後にして、
向かったのは・・・

隣接する豊明市にある

桶狭間古戦場伝説地

P1100057s

前編の桶狭間古戦場公園から直線距離で約1Km弱。
(車で5分ほど)

石柱に記された漢字から古さが感じられます。

国指定史跡に指定され、この石柱ができたのは1941(昭和16)年とのこと。

案内表示によると、
今川義元、家臣の松井宗信などの塚があり、
1771年には石表が建てられたというので歴史は古いようです。

P1100045s

こちらは木々が多く、手入れの行き届いた庭園といった感じ。

P1100046s

この公園内をぐるりと囲むように 七石表(石碑)が建っています。

P1100055s

一号碑 

P1100047s_2

今川義元の戦死した場所を示す最も古い石碑だそうで
表面の文字はかなり読みにくくなっています。

今川義元のお墓

P1100052s

上記はいずれも道路沿い(西側)にあります

公園奥(東側)にも数本の石碑がありますが、
無名の武将のようで、よくわかりませんでしたweep

P1100059s

進軍ルートなどの案内板

P1100056s

ここにも案内図が用意されている(トイレ付近?)との表記がありましたが
いただいてくるのを忘れてしまいました。

 

一通りみても、所要15分くらいのこじんまりした公園です。

が、こちらのほうが「それっぽい」雰囲気が漂うのは気のせい?

というのも、この古戦場伝説地は隣が病院です。

P1100043s

きれいな病院に建て替えられているのですが、

20年ほど前の夜にここを通った時には
建物も古く、看板の雰囲気と相まって怖かったのですshock

「あ~、ここが有名な合戦場の跡なのね」と悟りました。

そして、最寄りの駅は中京競馬場駅。
合戦といえば、馬がつきものですが、それも関係あるかしらsign02

horsehorsehorsehorsehorse

名古屋市と豊明市にある2つの史跡は

最近、「本家」争いで対立しているようなニュースを目にしましたが

2つの史跡を比較すると

古戦場跡の「雰囲気」は豊明市の「伝説地」

一方で名古屋は、さすがに大都市。
公園の整備やホームページなど情報の充実度
知名度などは、一枚上手という感じです。

名鉄の駅からそれぞれ徒歩圏内ですし、
ぐるりと周遊すればウォーキングにも最適な距離だと思います。

ウォーキングしながら、この地で散った今川義元や
勝ち戦となった織田信長になりきるのもありですね。

しかし、私は、義元でも信長でもなく・・・

今川義元の討死により、人質から解放されたとはいえ
命からがら古巣へ戻ったといわれている
徳川家康の気持ちになってみようと岡崎へ向かいました。

horseじゃなくて、車rvcarですけど、ねcoldsweats01
(それに、帰る方向だしsign02

つづく

(豊明市)桶狭間古戦場伝説地

(名古屋市)桶狭間古戦場保存会

(名古屋市)名古屋に桶狭間あり。





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2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

P1100017s

あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

P1100014s

(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

P1100015s

今川義元の墓碑

P1100016s

大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

P1100022s

合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

P1100028s

P1100021s

とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

P1100030s

すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

P1100031s

今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

P1100033s

かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

P1100032s

公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



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2017年3月27日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり6~渭伊神社と天白磐座遺跡~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。


妙雲寺を訪ねた後に
そのまま車を停めさせていただき

渭伊神社(いいじんじゃ)へ

位置関係ですが、
妙雲寺のすぐそばにある鳥居が
渭伊神社への参道入り口となっています。

P1030808s

鳥居をまっすぐに進んだ突き当りが神社です。

P1030782s

近年の区画整理によって
新しい住宅地になっている参道を3分ほど進みます。

P1030783s

境内入ると、修復されたばかりの手水舎があります

P1030785s

岩を利用した手水舎は以前からあるもののようですが。

拝殿

P1030789s

これが御本殿かと思いましたが、横に回ってみると
奥に棟が続いていて、一番奥にあるのが御本殿と思われます。

P1030803s

9世紀頃に創建され井伊家に信仰されたと伝えられ、
かつては、龍潭寺境内にあったものがここに移されたとも・・・

ここで蛇足ではございますが
以前、(彦根には井伊神社があるけど)
浜松には井伊神社の代わりに井伊谷宮があると
ブログに記しましたが・・・

井伊家ゆかりの渭伊神社も存在していました。
訂正いたしますm(__)m

しかし、「井伊」と「渭伊」の表記の違いは謎。

そして、祀られている神様が多いことにびっくりwink

P1030791s_2

「モロード様」っていうカタカナの神様はどなた??

御神木

P1030787s

詳しい説明はありませんが、新旧の御神木が寄り添っています。

渭伊神社をお詣りした後
拝殿向かって左にあるこの階段を登ります。

P1030793s

木の根道を少し進んで行くと・・・

P1030794s

巨岩が目の前に出現eye

天白磐座遺跡(てんぱくいわくらいせき)

P1030802s

古墳時代前期から平安時代にかけて
祭祀が執り行われていた場所。

20年ほど前の発掘調査で
この巨石の周辺から土器や勾玉が出土したそうです。

神社境内の入口にあった看板に図式化されていました

P1030784s

(他の看板と比較しても古いようで)
ここは遺跡として以前から知る人ぞ知る、特別な場所のようです。

「神様の依り坐す処」を意味する磐座(いわくら)

大きいもので5m以上もある岩がそびえます。

P1030796s

人間と比べるとその大きさがわかります

真下から見上げると迫力と同時に、神秘的な雰囲気も感じます。

P1030800s

午後に訪れたので、西から射す光がなんともいえず
パワースポットといわれてうなずける良い場所でした。

P1030798s

そして、ミーハーな話題ではありますが・・・

「直虎」のドラマの初回に
初回に子ども時代のおとわ(新井美羽ちゃん)が
岩からピョンと飛び降りたシーンがここで撮影されました。

また、1月に放映された「鶴瓶の家族に乾杯」では
直虎を演ずる柴咲コウさんが
渭伊神社の入口でしたが、この地を訪れています。

井伊谷周辺を散策するのであれば
ぜひ立ち寄っていただきたいスポットです。

井伊谷城跡と比べれば、天白磐座遺跡の丘は楽に登れますし
なんといってもパワーshineがたっぷりなこと間違いなし、です。

常駐している神職の方はおられないようで
ご朱印については確認できておりません。




【ももよろず日記関連記事】

pencil「直虎」ゆかりの地めぐり3~井伊谷城跡~(2017.1)

pencil彦根・龍潭寺と佐和山城(2013.2)


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2017年2月 4日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり4~井殿の塚~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

井殿(いどの)の塚

P1030189s

井伊谷城跡の登り口から徒歩2~3分にあります。
(地域遺産センターとは反対方向)

この看板のある(引佐多目的研修センターの)駐車場から

P1030149s

東方向に見えるこの木が目印

P1030188s

ここは、井伊直政の祖父にあたる井伊直満とその弟・義直を
供養するために造られました。

P1030193s

P1030191s

直満らは、今川家に通じていた井伊家家老・小野和泉守道高に
謀反の疑いがあると密告され、自害させられます。

訪ねた時(2016年末)には、ピンときませんでしたが
大河ドラマで初回に放送された内容を見て理解できましたcoldsweats01

宇梶剛さん演じる直満が、
吹越満さん演じる小野和泉守道高にチクられて
駿府の今川家に行って、殺されてしまうというストーリーでした。

父親を失い悲しみにくれる亀之丞に追い打ちをかけるように
亀之丞も命を狙われ、10年弱姿を隠すことになります。

井伊直虎の激動の生涯はここからスタートします。

この場所は、井伊氏の居館があった一角。

石塔を守る大きな木は、タブノキです。

P1030192s

わざわざここだけのために出向くのは、正直「・・・」なのですが
井伊谷城跡や地域遺産センターを訪ねた際には、
近いので、ぜひ立ち寄ってみてください。

「直虎」ゆかりの地めぐりは、
ドラマの展開にあわせて、気まぐれに続く・・・かも。

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2017年1月28日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり3~井伊谷城跡~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺から車で5分ほど、
徒歩でも20分くらいの場所にあります。

井伊谷城跡(いいのやじょうあと)

P1030152s

引佐図書館の奥(北側)が登り口になっています。

P1030151s

つい最近整備されたと思われる手すり付きのきれいな舗道です。

P1030155s

この石垣はお城とは関係ないと思われます

310mなんてすぐじゃん、と思いきや
これがけっこうな坂道でございました~dash

お散歩感覚で行くと、けっこうキツいかも・・・覚悟して登ってくださいsign01

半分も歩かないうちにお休み処coldsweats02

P1030156s

ベンチしかありませんが、とりあえず休憩~sweat01

隣にはお稲荷さん

P1030159s

さらにこの先、急坂&階段が待ちかまえています。

P1030182s

トータル10分ほどで、頂上(虎口)に到着です。

P1030162s

ルートは他にも反対側にもあるようです(未確認情報)

城跡と思われる範囲は、
浜松城の天守閣がある場所と同等くらいでしょうか。

P1030165s

土塁跡以外の史跡らしいものはほとんどありませんので、
想像を膨らませるしかありません。

真新しいshine顔ハメ看板で登場人物になりきってください(笑)

P1030166s

展望場所からは、井伊谷の町から
浜松の中心部(アクトタワー)まで南方面をのぞむことができます。

井伊氏の本拠地は、
標高115mにあるこの井伊谷城と麓の居館、
そして、井伊谷城の北側にある三岳城であったといわれます。

P1030171ss

北側にまわってみると
三岳城があった三岳山(466m)が見えます。

P1030179s

(右側の山・・・だと思います)

三岳城跡には遺構が残っているらしく、興味はあったのですが、
知人から聞いた話では、
軽登山程度の準備をして登る山だそうで
井伊谷城跡でいっぱいいっぱいな体力の私には
まず、ムリと思われます(悲)

せめて、月に1度くらいここの急坂を登ってdenim
足腰鍛えてからですね。

井伊谷城跡へ登る際には、
地域遺産センター(旧引佐町役場)の駐車場を利用します。

P1030196s

登り口までは徒歩5分くらいdenim

図書館や多目的研修センターの駐車場は
地元の方が使われるので停めないようにお願いしますm(__)m

P1030149s




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2017年1月25日 (水)

「直虎」ゆかりの地めぐり2~共保公出生の井戸~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺の駐車場から道路を渡ってすぐに
こんな看板がある路地を入ります。

P1030200s

ここから歩くこと2~3分

田園地帯の中にぽつんと白い塀が現れます。

P1030201s

田んぼが青々clubとしていれば、もっと良い絵になりそうです。

共保公出生の井戸

共保(ともやす)公とは、井伊家初代当主。

寛弘7(1010)年元旦に、
この井戸で生まれたとも、傍らに捨てられていたとも
諸説あるようです。

P1030203s

井戸は、まさに「井」の形

P1030205s

そして隣には、の木。良い具合に実が色づいていますheart02

家紋のペアそのものですねsmile

P1030204s

初代・共保公が見つけられたすぐそばに
橘があったと伝えられていることから
井伊家を象徴するこれらの2つが家紋となったそうです。

大老・井伊直弼の歌碑

P1030207s

共保公の件は伝説のような不確かな部分も多いのですが、
この地が井伊家発祥の地であるとされます。

江戸時代には、その子孫である大老・井伊直弼が
菩提寺の龍潭寺に参拝に訪れた際に詠んだ歌が
歌碑に記されています。

大河ドラマでは、直虎の子供時代のシーンに
この井戸が度々登場しますが、
森の中にひっそりと存在する泉のような雰囲気でした。

実際は、広々とした田園地帯にぽつん。

P1030202s

反対側には住宅地もあります。

ドラマでのイメージを想像していくと、ちょっと驚くかもですhappy02

つづく





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2016年11月23日 (水)

名古屋城・本丸御殿2016 後編

名古屋城・本丸御殿(2016)続きです

本丸御殿内の見学は、
3年前に公開された玄関・表書院からの見学となります。
(前半部分は、公開当初と同じルート)

私は、これで3回目なので、軽~くささっと

玄関一之間の 『竹林豹虎図』

P1020965s

玄関二之間

P1020968s

部屋の中まで立ち入り
間近で襖絵などを見ることができました。

こちらは11月24日までの期間限定の立入り公開です。

ちなみに、写真撮影も可能ですが、フラッシュ撮影は禁止banです

表書院

P1020969s

前回はこの部屋の襖近くまで立ち入って見学した記憶があります。

お聞きしたところ、いつでもというわけではないけれど
部屋を替えながらの公開だそうです。

これらは、藩主と家臣の正規の謁見に使用される部屋です。

玄関の間の勇ましい豹や虎の絵に比べ、
こちらは、やさしく落ち着いた花鳥図が描かれています。

表書院で一番豪華な 上段之間

P1020974s

そして、ここから先が新たに公開された部分です。

P1020976s

対面所 等

P1020977s

対面所は、藩主と身内が利用する空間です。

梁(はり)の部分は、外と内の境界を示すつくりなのだそうです。

P1020982s

表書院などの動植物の障壁画に対し、
こちらは京を中心とした風俗図となっています。

対面所・上段之間

P1020983s

描かれているのは京都の名所や行事の風景

次之間には、和歌山の風景が描かれています。

P1020984s

そして、障壁画と並んで、重要なポイントが・・・

天井です

P1020985s

(黒くて見にくいのですが)
漆塗りの二重折り上げ小組格天井(ごうてんじょう)になっています。

玄関から部屋ごとに天井の違いを比べてみると、
奥に進むにつれて、どんどん豪華になっていくのが興味深いです。

ちなみに表書院で見た格天井はこちら

P1020972s

(一番奥の上段の間は、折り上げになっているのでもう少し豪華です)

対面所の天井の豪華さにも驚きましたが、
この先、上洛殿(将軍が上洛する際に使用する)の天井が完成すると
どれだけ豪華なんだろうと期待してしまいますね。

一見地味に見えるこちらの戸(杉でできています)の向こうが、
上洛殿になります。

P1020988s

下御膳所

P1020992s

上台所といわれる調理場で調理した料理を
宴席へ向け準備する部屋。手前には囲炉裏もあります。

奥に見える木の板は、御殿建築の寄付者の芳名板になっています。
(いくら以上の寄付で名前が掲載されるんでしょう??)

外に出て、裏側にまわると
かつては、素屋根があった部分がすっきりしていています。

P1020998s

こちらに飛び出している部屋は、上台所なのですが

あれ?さっき見学してないような・・・

P1030013s_2

内部は、ミュージアムショップになっていました~present

P1030001s

さすが名古屋。金ピカshineグッズが多いです(笑)が、
美しい伝統工芸品も揃っています。

余談ですが、この手前の広場に・・・

P1030014s

浜松市のゆるキャラ「出世大名・家康くん」と
来年の大河ドラマの主人公・井伊直虎の「直虎ちゃん」登場~

地元でも会ったことがないのに、ここで「直虎ちゃん」に初対面happy01



そして、「今後入れなくなってしまう」かもしれない天守閣にも

行ってきましたが、もう見尽くしてしまったので・・・省略

らせん階段撮影してみました~(爆)

P1030005s

頑丈なコンクリート製の建物なので、大丈夫そうな感じもするんですけど。

本当に天守閣が木造建築に変わるのだろうか・・・

まだまだ本丸御殿の工事は進行中。

すべてが完成するのは、平成30年度の予定です。
工事中が見たい方は、今のうちにどうぞ。


pencil名古屋城

pencil本丸ネットワーク公式サイト(本丸御殿)

【ももよろず日記関連記事】

pencil名古屋城本丸御殿まだまだ工事中 (2013.12)

pencil名古屋城本丸御殿公開 (2013.6)




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2016年11月16日 (水)

名古屋城・本丸御殿2016 前編

本丸御殿復元工事が進んでいる

名古屋城

工事現場見たさにeye何度か足を運んで
似たような記事が増え、タイトル付けにも苦労しておりますcoldsweats01

平成25(2013)年の玄関・表書院に続き
今年の6月からその奥に続く
対面所・下御膳所が 完成して公開されています。

3年前は、公開翌日に駆け付けたのですが
今回は、いつの間にか半年も過ぎており・・・(苦笑)

さらに、名古屋の河村市長さんが
「天守閣の耐震が問題だから登城を制限する」(←かもしれない)
なんていうニュースが流れて、慌てて行ってきましたdash

いつもどおり地下鉄・市役所駅から

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この出入り口のデザインもさることながら
交差点から見る県庁&市役所の風景が名古屋らしさ満載。

東門から入城し、
とりあえず、こちらの方にご挨拶m(__)m

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加藤清正殿です

今までは素通りでしたが(苦笑)
熊本城が地震の被害であんなことになって以来、
この方に敬意を表してconfident

城づくりの名手といわれ、
特に石垣に関しては、ご存じ熊本城の武者返しに見られる
最高峰の石垣を構築した武将。

名古屋城の築城にも大きく貢献しているのです。

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季節柄、菊花展も開催されていましたので
のんびり城内散策ございます。

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こちらは、帰り際に東門で見かけた
「菊になった”徳川家康”」  浜松時代くらいの若さですね。

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寄り道長くなりましたが・・・いよいよ本丸御殿へ

初公開の時は、公開日翌日でしたので
行列に20分ほど並びましたが、今回は余裕で入れそうです。

が、ここですぐに御殿に上がるわけではなく coldsweats02

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まずは左へGOdash

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素屋根の中では、まだまだ工事が続いているのです。
完成したものよりも職人技が光っているこの現場がいいんですね~heart04

ヘルメット着用で、奥の仮設の建物の階段を上ります。

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途中で金網の隙間から振り返ってみます

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素屋根の中に入ると
現在は、最終工程となる上洛の間(じょうらくのま)工事をしています。

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見学をさぼっていた間にかなり進んでいました・・・

おまけに職人さんは日曜日でお休みですweep

以前は、月曜日に見学できたのですが、公開曜日が変更されていました。

上洛の間は、将軍さまを迎える部屋。

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本丸御殿の中でも一番豪華な部屋になるわけです。

この御殿、復元とはいえ
第二次世界大戦で焼失するまでは現存していたので、
図面が残っているほか、 上記の襖などの一部も「疎開」して無事だったので
忠実に復元することが可能なのです。

完成まではあと1年半くらいです。

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この基礎のような部分は何なんでしょう?

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建築の用語などが見学者にもわかるように書かれています。

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以前はスピーカーから解説が流れていましたが
そのような案内がないのが残念でした。

とはいえ、「見せる復元工事現場」としては、
姫路城に匹敵する規模ですし、期間が長く、
工事の進捗に合わせて素屋根が移動しているので、すごいことなのです。

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工事中を確認して気が済んだので(笑)
いよいよ公開部分へ潜入します。

鍵付きげた箱装備の豪華なエントランス

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靴を袋に入れて持ち歩かないのでラクチンです。

これには、新築の御殿の襖や壁などに
荷物が当たるのを避ける 意味もあるようで、
大きな荷物などを持っている方はご注意をdanger

いよいよ、復元が進む本丸御殿へ

つづく

【ももよろず日記関連記事】

pencil名古屋城本丸御殿まだまだ工事中 (2013.12)

pencil名古屋城本丸御殿公開 (2013.6)




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