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カテゴリー「◆お城・史跡(~江戸時代)」の44件の記事

2017年4月20日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり8~2つの桶狭間古戦場・後編~

「直虎」ゆかりの地めぐり
2つの桶狭間古戦場 つづきです。

名古屋市の桶狭間古戦場公園を後にして、
向かったのは・・・

隣接する豊明市にある

桶狭間古戦場伝説地

P1100057s

前編の桶狭間古戦場公園から直線距離で約1Km弱。
(車で5分ほど)

石柱に記された漢字から古さが感じられます。

国指定史跡に指定され、この石柱ができたのは1941(昭和16)年とのこと。

案内表示によると、
今川義元、家臣の松井宗信などの塚があり、
1771年には石表が建てられたというので歴史は古いようです。

P1100045s

こちらは木々が多く、手入れの行き届いた庭園といった感じ。

P1100046s

この公園内をぐるりと囲むように 七石表(石碑)が建っています。

P1100055s

一号碑 

P1100047s_2

今川義元の戦死した場所を示す最も古い石碑だそうで
表面の文字はかなり読みにくくなっています。

今川義元のお墓

P1100052s

上記はいずれも道路沿い(西側)にあります

公園奥(東側)にも数本の石碑がありますが、
無名の武将のようで、よくわかりませんでしたweep

P1100059s

進軍ルートなどの案内板

P1100056s

ここにも案内図が用意されている(トイレ付近?)との表記がありましたが
いただいてくるのを忘れてしまいました。

 

一通りみても、所要15分くらいのこじんまりした公園です。

が、こちらのほうが「それっぽい」雰囲気が漂うのは気のせい?

というのも、この古戦場伝説地は隣が病院です。

P1100043s

きれいな病院に建て替えられているのですが、

20年ほど前の夜にここを通った時には
建物も古く、看板の雰囲気と相まって怖かったのですshock

「あ~、ここが有名な合戦場の跡なのね」と悟りました。

そして、最寄りの駅は中京競馬場駅。
合戦といえば、馬がつきものですが、それも関係あるかしらsign02

horsehorsehorsehorsehorse

名古屋市と豊明市にある2つの史跡は

最近、「本家」争いで対立しているようなニュースを目にしましたが

2つの史跡を比較すると

古戦場跡の「雰囲気」は豊明市の「伝説地」

一方で名古屋は、さすがに大都市。
公園の整備やホームページなど情報の充実度
知名度などは、一枚上手という感じです。

名鉄の駅からそれぞれ徒歩圏内ですし、
ぐるりと周遊すればウォーキングにも最適な距離だと思います。

ウォーキングしながら、この地で散った今川義元や
勝ち戦となった織田信長になりきるのもありですね。

しかし、私は、義元でも信長でもなく・・・

今川義元の討死により、人質から解放されたとはいえ
命からがら古巣へ戻ったといわれている
徳川家康の気持ちになってみようと岡崎へ向かいました。

horseじゃなくて、車rvcarですけど、ねcoldsweats01
(それに、帰る方向だしsign02

つづく

(豊明市)桶狭間古戦場伝説地

(名古屋市)桶狭間古戦場保存会

(名古屋市)名古屋に桶狭間あり。





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2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

P1100017s

あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

P1100014s

(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

P1100015s

今川義元の墓碑

P1100016s

大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

P1100022s

合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

P1100028s

P1100021s

とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

P1100030s

すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

P1100031s

今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

P1100033s

かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

P1100032s

公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



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2017年2月 4日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり4~井殿の塚~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

井殿(いどの)の塚

P1030189s

井伊谷城跡の登り口から徒歩2~3分にあります。
(地域遺産センターとは反対方向)

この看板のある(引佐多目的研修センターの)駐車場から

P1030149s

東方向に見えるこの木が目印

P1030188s

ここは、井伊直政の祖父にあたる井伊直満とその弟・義直を
供養するために造られました。

P1030193s

P1030191s

直満らは、今川家に通じていた井伊家家老・小野和泉守道高に
謀反の疑いがあると密告され、自害させられます。

訪ねた時(2016年末)には、ピンときませんでしたが
大河ドラマで初回に放送された内容を見て理解できましたcoldsweats01

宇梶剛さん演じる直満が、
吹越満さん演じる小野和泉守道高にチクられて
駿府の今川家に行って、殺されてしまうというストーリーでした。

父親を失い悲しみにくれる亀之丞に追い打ちをかけるように
亀之丞も命を狙われ、10年弱姿を隠すことになります。

井伊直虎の激動の生涯はここからスタートします。

この場所は、井伊氏の居館があった一角。

石塔を守る大きな木は、タブノキです。

P1030192s

わざわざここだけのために出向くのは、正直「・・・」なのですが
井伊谷城跡や地域遺産センターを訪ねた際には、
近いので、ぜひ立ち寄ってみてください。

「直虎」ゆかりの地めぐりは、
ドラマの展開にあわせて、気まぐれに続く・・・かも。

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2017年1月28日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり3~井伊谷城跡~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺から車で5分ほど、
徒歩でも20分くらいの場所にあります。

井伊谷城跡(いいのやじょうあと)

P1030152s

引佐図書館の奥(北側)が登り口になっています。

P1030151s

つい最近整備されたと思われる手すり付きのきれいな舗道です。

P1030155s

この石垣はお城とは関係ないと思われます

310mなんてすぐじゃん、と思いきや
これがけっこうな坂道でございました~dash

お散歩感覚で行くと、けっこうキツいかも・・・覚悟して登ってくださいsign01

半分も歩かないうちにお休み処coldsweats02

P1030156s

ベンチしかありませんが、とりあえず休憩~sweat01

隣にはお稲荷さん

P1030159s

さらにこの先、急坂&階段が待ちかまえています。

P1030182s

トータル10分ほどで、頂上(虎口)に到着です。

P1030162s

ルートは他にも反対側にもあるようです(未確認情報)

城跡と思われる範囲は、
浜松城の天守閣がある場所と同等くらいでしょうか。

P1030165s

土塁跡以外の史跡らしいものはほとんどありませんので、
想像を膨らませるしかありません。

真新しいshine顔ハメ看板で登場人物になりきってください(笑)

P1030166s

展望場所からは、井伊谷の町から
浜松の中心部(アクトタワー)まで南方面をのぞむことができます。

井伊氏の本拠地は、
標高115mにあるこの井伊谷城と麓の居館、
そして、井伊谷城の北側にある三岳城であったといわれます。

P1030171ss

北側にまわってみると
三岳城があった三岳山(466m)が見えます。

P1030179s

(右側の山・・・だと思います)

三岳城跡には遺構が残っているらしく、興味はあったのですが、
知人から聞いた話では、
軽登山程度の準備をして登る山だそうで
井伊谷城跡でいっぱいいっぱいな体力の私には
まず、ムリと思われます(悲)

せめて、月に1度くらいここの急坂を登ってdenim
足腰鍛えてからですね。

井伊谷城跡へ登る際には、
地域遺産センター(旧引佐町役場)の駐車場を利用します。

P1030196s

登り口までは徒歩5分くらいdenim

図書館や多目的研修センターの駐車場は
地元の方が使われるので停めないようにお願いしますm(__)m

P1030149s




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2017年1月25日 (水)

「直虎」ゆかりの地めぐり2~共保公出生の井戸~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺の駐車場から道路を渡ってすぐに
こんな看板がある路地を入ります。

P1030200s

ここから歩くこと2~3分

田園地帯の中にぽつんと白い塀が現れます。

P1030201s

田んぼが青々clubとしていれば、もっと良い絵になりそうです。

共保公出生の井戸

共保(ともやす)公とは、井伊家初代当主。

寛弘7(1010)年元旦に、
この井戸で生まれたとも、傍らに捨てられていたとも
諸説あるようです。

P1030203s

井戸は、まさに「井」の形

P1030205s

そして隣には、の木。良い具合に実が色づいていますheart02

家紋のペアそのものですねsmile

P1030204s

初代・共保公が見つけられたすぐそばに
橘があったと伝えられていることから
井伊家を象徴するこれらの2つが家紋となったそうです。

大老・井伊直弼の歌碑

P1030207s

共保公の件は伝説のような不確かな部分も多いのですが、
この地が井伊家発祥の地であるとされます。

江戸時代には、その子孫である大老・井伊直弼が
菩提寺の龍潭寺に参拝に訪れた際に詠んだ歌が
歌碑に記されています。

大河ドラマでは、直虎の子供時代のシーンに
この井戸が度々登場しますが、
森の中にひっそりと存在する泉のような雰囲気でした。

実際は、広々とした田園地帯にぽつん。

P1030202s

反対側には住宅地もあります。

ドラマでのイメージを想像していくと、ちょっと驚くかもですhappy02

つづく





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2017年1月14日 (土)

熊本地震復興応援の旅6~現在の熊本城をさるく・後編~

熊本地震復興応援の旅 つづきです。

pencil関連記事 熊本地震復興応援の旅5~現在の熊本城をさるく・前編~

被害の大きさを最も間近で見られる東から北側を歩きます。

北十八間櫓

P1090462s

前回(2014年)訪ねた時は、
このすぐそばのKKRホテルに宿泊したのですが、
一見、地味な櫓には注力もせず、写真も撮らず・・・

今となれば、写真に収めなかったことを後悔ですweep

P1010396s

upかろうじて、左下に櫓がちょっとだけ映っていました(2014.11)

下の写真の右に見える坂は、前回、お初の熊本城「登城」の際に
登った思い出に残る坂です

棒庵坂(ぼうあんざか)

P1090468s

下津棒庵という加藤清正の家臣のお屋敷が
この坂の下にあったことから命名されています。

坂の手前にずらりと並べられた石たち

P1090472s

崩れた石垣をここに仮置きしています。

番号がふられた石垣は、この後本格的な復元に使われます。

P1090471s

しかし、石垣や漆喰塗りなど城郭建築に必要な職人さんは
需要も少ない上に、後継者不足などもあり
すぐに必要なだけ集めるというわけにもいかないそうで
完全復元までには数十年といわれていますcrying

以前訪ねた白河小峰城(福島県)の石垣でさえ
3年近く費やしたとお聞きしているので
熊本城のこの規模を考えたら・・・大変です。

激しく倒壊する櫓や石垣がある一方で
棒庵坂の登り口から見えるこちら

P1090473s

まるで本丸の二様の石垣のように、美しい姿が残っていますhappy01

坂を登りきると、再び加藤神社へ。

P1090474s

朝には見られなかった足場が組まれています。何が始まる?

朝は人も少なかったのですが
昼近くにもなると、団体客などが訪れています。

P1090488s

今、熊本城の天守閣をいちばん良く見られるのはここ。

P1090394s

まさに一番の人気スポットというわけです。

くまモンも応援していますheart02

宇土櫓(うとやぐら)

P1090478s

天守閣にも引けをとらない規模の櫓で、
築城時(17世紀前半)に建てられた重要文化財です。

櫓本体や石垣は無事ですが、続櫓は倒壊しています。

白河小峰城でお聞きした時にも驚いたのですが
江戸時代に造られたもののほうが倒壊していないこともあるのです。

戌亥櫓(いぬいやぐら)

P1090496s_2

二の丸広場からのぞむ天守閣と宇土櫓

P1090497s

2年前の様子

P1010381s

この塀は、明治から昭和にかけて復元されたものだそうです。

西大手門から未申櫓の間

P1090503s

塀ばかりでなく、石垣も大きく崩れています。

こちらでは、石垣と栗石が分類され、調査しているようです。

P1090505s_2

この階段を下ると、出発した観光案内所へ

P1090507s

これにて、2時間のさるくは終了~

ノンストップで、歩き続けながら、詳しく解説してくださったガイドさん
どうもありがとうございましたm(__)m

こうしてみると、大きな被害を受け、心痛むところもありますが
天守閣も石垣も無事なところも多いのです。

復興城主の記念にいただいた
写真集のこの言葉が胸に響きます。

P_20161221_173240_2

 地震に堪えた熊本城の姿

 今の姿を知ってもらおうと頑張るボランティアガイドさんの姿

 復興に向けて働く職人さんたちの姿

それぞれに大きく感動をいただきました。

ちょくちょく足を運べる場所ではありませんが
数年後にまた、少しずつ甦る熊本城の勇姿を見に
行きたいと思います。

そして、今再び復興に向けて歩みだした熊本城へ、
ひとりでも多くの方が足を運んでいただきたいと思います。

続いて、もうひとつの加藤清正像のある本妙寺へ

【関連記事】 

pencil福島の旅~白河小峰城~(2013.6)

pencil熊本の旅~熊本城その1~(2014.11)





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2017年1月 8日 (日)

熊本地震復興応援の旅5~現在の熊本城をさるく・前編~

熊本地震復興応援の旅 つづきです。

城内に入れない今、観光の中心になるのが
おみやげ店や飲食店、観光案内所などが集まるスポット
桜の馬場城彩苑

隣には有料駐車場もあります。

この旅の大きな目的のひとつ
復興城主の申し込み手続きをしました。

P1090509s

pencil関連記事 熊本城復興城主に(2016.12.23)

いただいた熊本城主の手形を利用して
隣接する湧々座(わくわくざ)を見学してきました。

P1090418s

歴史文化を体験できる施設です

石垣はめこみ体験

P1090419s

たったこれだけはめこむだけでも苦戦しちゃってました、私wobbly

この隣にある観光案内所が、さるくの受付です。

「さるく」は、ぶらぶら歩くの意味で
ボランティアガイドさんとともに、2時間ほどのコースを
歩きます。

コースはいくつかありますが、
今回選んだのはもちろんこちら

現在(いま)の熊本城をさるく

P_20170104_221410

参加料は1名500円。

こんなおみやげまでいただける上に

P_20170104_221317

さらに・・・なんとこの日は、私のみの貸切ガイドさん

数年前に熊本に戻ってきて
ガイドをされているという、郷土愛heart02たっぷりの男性ガイドさんです。

今回は、城内には入れませんので
お城の外を巡って被災状況などをこの目で実際に見ながら
歴史などもお聞きするというコース。

さるくは、2年前に訪れた時にも利用しましたが、
地震によりルートを変えて復活しているようです。
このアイデアや前向きな姿勢に頭が下がります。

pencil関連記事 熊本の旅~熊本城その1~(2014.11)

ルートは、ガイドブックとは逆回りで進みました。

前回、ご挨拶できなかった清正公の銅像から

P1090428s

名古屋城にあるものと比べると、やはり出世した貫録がありますねup

熊本市内には全部で3つの銅像があるそうですが
この日、そのうちのもうひとつも訪ねました。

川越しに見える熊本城の名を記した石碑は
倒壊こそしていませんが、上部が回転しています。

P1090431s

川越しに見える馬具櫓

P1090430s

お話では、本震以降の度重なる余震で
次第に被害が大きくなってきたそうです。

そして、テレビ映像でもたびたび目にしていた
飯田丸五階櫓

P1090434s

この角度ではわかりにくいのですが
わずかな石垣に支えられて、建物が持ちこたえる様子が痛々しいのです。

重要文化財の長塀

P1090438s

242mの塀は、江戸時代に造られたもので国内最長。
一部倒壊していますが、石垣は無事のようです。

2年前に櫨方(はぜかた)門から入って
城内から見た長塀の美しい姿がこちらでした

P1010263s

この後、お城の全体像を見るために

市役所庁舎

P1090439s

14階の展望所スペースから
地上からは見られない全貌を見ることができました。

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本丸御殿と思われる建物も外見からは無事のようです。

ここからは、飯田丸五階櫓の石垣の崩壊がはっきりわかります

P1090442s

鉄骨は、これ以上建物が崩れないようにするため
あくまでも応急処置だそうです。

建物や石垣など優先順位に基づいて復元工事が行われて
いくそうです。

市役所を出て、東から北側にまわります。

熊本城稲荷神社の鳥居

P1090450s

大きなヒビがあり、注意の札がかかっています。

さらに隣の
熊本大神宮の被害は甚大です

隣接する熊本城の東十八間櫓北十八間櫓
建物と石垣ともに崩壊し、
境内へ大量の石が押し寄せています。

P1090453s

本殿と拝殿は無事ですが、奥にあった社務所が全壊。

すでに建物は撤去されて、
現在は、これ以上の崩落を防ぐために
モルタルなどで固める作業をしているそうです。

その先も、まだ撤去しきれていない崩れた櫓と石垣が続きます。

P1090456s

このあたりが被害が集中しているようにも見えます。

このあとは、坂を登り天守閣の見えるエリアへ向かいます。

つづく



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2016年11月23日 (水)

名古屋城・本丸御殿2016 後編

名古屋城・本丸御殿(2016)続きです

本丸御殿内の見学は、
3年前に公開された玄関・表書院からの見学となります。
(前半部分は、公開当初と同じルート)

私は、これで3回目なので、軽~くささっと

玄関一之間の 『竹林豹虎図』

P1020965s

玄関二之間

P1020968s

部屋の中まで立ち入り
間近で襖絵などを見ることができました。

こちらは11月24日までの期間限定の立入り公開です。

ちなみに、写真撮影も可能ですが、フラッシュ撮影は禁止banです

表書院

P1020969s

前回はこの部屋の襖近くまで立ち入って見学した記憶があります。

お聞きしたところ、いつでもというわけではないけれど
部屋を替えながらの公開だそうです。

これらは、藩主と家臣の正規の謁見に使用される部屋です。

玄関の間の勇ましい豹や虎の絵に比べ、
こちらは、やさしく落ち着いた花鳥図が描かれています。

表書院で一番豪華な 上段之間

P1020974s

そして、ここから先が新たに公開された部分です。

P1020976s

対面所 等

P1020977s

対面所は、藩主と身内が利用する空間です。

梁(はり)の部分は、外と内の境界を示すつくりなのだそうです。

P1020982s

表書院などの動植物の障壁画に対し、
こちらは京を中心とした風俗図となっています。

対面所・上段之間

P1020983s

描かれているのは京都の名所や行事の風景

次之間には、和歌山の風景が描かれています。

P1020984s

そして、障壁画と並んで、重要なポイントが・・・

天井です

P1020985s

(黒くて見にくいのですが)
漆塗りの二重折り上げ小組格天井(ごうてんじょう)になっています。

玄関から部屋ごとに天井の違いを比べてみると、
奥に進むにつれて、どんどん豪華になっていくのが興味深いです。

ちなみに表書院で見た格天井はこちら

P1020972s

(一番奥の上段の間は、折り上げになっているのでもう少し豪華です)

対面所の天井の豪華さにも驚きましたが、
この先、上洛殿(将軍が上洛する際に使用する)の天井が完成すると
どれだけ豪華なんだろうと期待してしまいますね。

一見地味に見えるこちらの戸(杉でできています)の向こうが、
上洛殿になります。

P1020988s

下御膳所

P1020992s

上台所といわれる調理場で調理した料理を
宴席へ向け準備する部屋。手前には囲炉裏もあります。

奥に見える木の板は、御殿建築の寄付者の芳名板になっています。
(いくら以上の寄付で名前が掲載されるんでしょう??)

外に出て、裏側にまわると
かつては、素屋根があった部分がすっきりしていています。

P1020998s

こちらに飛び出している部屋は、上台所なのですが

あれ?さっき見学してないような・・・

P1030013s_2

内部は、ミュージアムショップになっていました~present

P1030001s

さすが名古屋。金ピカshineグッズが多いです(笑)が、
美しい伝統工芸品も揃っています。

余談ですが、この手前の広場に・・・

P1030014s

浜松市のゆるキャラ「出世大名・家康くん」と
来年の大河ドラマの主人公・井伊直虎の「直虎ちゃん」登場~

地元でも会ったことがないのに、ここで「直虎ちゃん」に初対面happy01



そして、「今後入れなくなってしまう」かもしれない天守閣にも

行ってきましたが、もう見尽くしてしまったので・・・省略

らせん階段撮影してみました~(爆)

P1030005s

頑丈なコンクリート製の建物なので、大丈夫そうな感じもするんですけど。

本当に天守閣が木造建築に変わるのだろうか・・・

まだまだ本丸御殿の工事は進行中。

すべてが完成するのは、平成30年度の予定です。
工事中が見たい方は、今のうちにどうぞ。


pencil名古屋城

pencil本丸ネットワーク公式サイト(本丸御殿)

【ももよろず日記関連記事】

pencil名古屋城本丸御殿まだまだ工事中 (2013.12)

pencil名古屋城本丸御殿公開 (2013.6)




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2016年11月16日 (水)

名古屋城・本丸御殿2016 前編

本丸御殿復元工事が進んでいる

名古屋城

工事現場見たさにeye何度か足を運んで
似たような記事が増え、タイトル付けにも苦労しておりますcoldsweats01

平成25(2013)年の玄関・表書院に続き
今年の6月からその奥に続く
対面所・下御膳所が 完成して公開されています。

3年前は、公開翌日に駆け付けたのですが
今回は、いつの間にか半年も過ぎており・・・(苦笑)

さらに、名古屋の河村市長さんが
「天守閣の耐震が問題だから登城を制限する」(←かもしれない)
なんていうニュースが流れて、慌てて行ってきましたdash

いつもどおり地下鉄・市役所駅から

P1030020s

この出入り口のデザインもさることながら
交差点から見る県庁&市役所の風景が名古屋らしさ満載。

東門から入城し、
とりあえず、こちらの方にご挨拶m(__)m

P_20161030_134456_2

加藤清正殿です

今までは素通りでしたが(苦笑)
熊本城が地震の被害であんなことになって以来、
この方に敬意を表してconfident

城づくりの名手といわれ、
特に石垣に関しては、ご存じ熊本城の武者返しに見られる
最高峰の石垣を構築した武将。

名古屋城の築城にも大きく貢献しているのです。

P_20161030_150447

P1020934s

季節柄、菊花展も開催されていましたので
のんびり城内散策ございます。

P1020923s

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こちらは、帰り際に東門で見かけた
「菊になった”徳川家康”」  浜松時代くらいの若さですね。

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寄り道長くなりましたが・・・いよいよ本丸御殿へ

初公開の時は、公開日翌日でしたので
行列に20分ほど並びましたが、今回は余裕で入れそうです。

が、ここですぐに御殿に上がるわけではなく coldsweats02

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まずは左へGOdash

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素屋根の中では、まだまだ工事が続いているのです。
完成したものよりも職人技が光っているこの現場がいいんですね~heart04

ヘルメット着用で、奥の仮設の建物の階段を上ります。

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途中で金網の隙間から振り返ってみます

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素屋根の中に入ると
現在は、最終工程となる上洛の間(じょうらくのま)工事をしています。

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見学をさぼっていた間にかなり進んでいました・・・

おまけに職人さんは日曜日でお休みですweep

以前は、月曜日に見学できたのですが、公開曜日が変更されていました。

上洛の間は、将軍さまを迎える部屋。

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本丸御殿の中でも一番豪華な部屋になるわけです。

この御殿、復元とはいえ
第二次世界大戦で焼失するまでは現存していたので、
図面が残っているほか、 上記の襖などの一部も「疎開」して無事だったので
忠実に復元することが可能なのです。

完成まではあと1年半くらいです。

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この基礎のような部分は何なんでしょう?

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建築の用語などが見学者にもわかるように書かれています。

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以前はスピーカーから解説が流れていましたが
そのような案内がないのが残念でした。

とはいえ、「見せる復元工事現場」としては、
姫路城に匹敵する規模ですし、期間が長く、
工事の進捗に合わせて素屋根が移動しているので、すごいことなのです。

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工事中を確認して気が済んだので(笑)
いよいよ公開部分へ潜入します。

鍵付きげた箱装備の豪華なエントランス

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靴を袋に入れて持ち歩かないのでラクチンです。

これには、新築の御殿の襖や壁などに
荷物が当たるのを避ける 意味もあるようで、
大きな荷物などを持っている方はご注意をdanger

いよいよ、復元が進む本丸御殿へ

つづく

【ももよろず日記関連記事】

pencil名古屋城本丸御殿まだまだ工事中 (2013.12)

pencil名古屋城本丸御殿公開 (2013.6)




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2016年8月13日 (土)

関ヶ原古戦場・後編

関ヶ原古戦場 つづきです。

戦(いくさ)は、通常は勝ったほうが注目を浴びますが
なんとなく、ここに来て思ったのは
「負けた三成が英雄になっている」ということ。

今年の大河ドラマ「真田丸」も
この先、大坂の陣で散る真田信繁(幸村)がヒーローです。

家康のお膝元である静岡県民としては、少々面白くないわけですbearing


が、話を戻して・・・駅から、再び陣地の分散するエリアへ。

決戦地

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石田三成の陣のある笹尾山からほど近いこのあたりでは、
西軍の敗北が見え始めた頃から三成の首を狙う武将たちが
激しく戦ったといわれています。

田園地帯を歩く人と、幟旗が目印です。

駐車場はありませんが、けっこう「自由」です(笑)

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田んぼには電気柵が張られていますので注意danger


上の写真、右手の方向に数百メートル進んだあたりが、
関ヶ原古戦場の中心のようなエリアのようです。


笹尾山の麓に駐車場や広場があります。

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本来駐車場になっている場所ですが
この日(7/31)はイベントがあるようで、テントや椅子が用意されていました。

係員が誘導してくれた駐車場は、この建物の前(旧運動場)でした。

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廃校になったと思われる校舎は、
甲冑体験などができるようで、
衣装に身を包んだ子供さんたちが出入りしていました。

休憩スペースもありますが、
飲食物は持込み・・・というような感じでした。

そのすぐ横にある島左近の陣地では、音とともに煙が上がります。

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その脇に草が生い茂る中、看板を発見eye

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不安になりますが「5分」と書いてあったので、信じて登ってみます。

意外にも楽勝な山(というより丘?)でよかったです(笑)

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高さはさほどありませんが、眺めは良いです。

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建物もほとんどない状況なら戦況を確認しやすいかも。

ここに立ってみてわかるのは、先に陣を張った
石田三成以下、西軍のほうが立地的には優勢なのです。

しかし、最後は味方の裏切りにあって形勢逆転。
家康の人望、悪く言えば「人をたらしこむ」戦略に
三成は敗北したということ、なのですね。

麓へのルートは3本ほどあり、
真ん中のルートを降りてみたら、先ほどのイベント会場?でした。

先ほど煙の上がっていた付近を散策

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なかなか立派な馬防柵です。
長篠の(織田・徳川軍)馬防柵より、よくできていますね~

しかし、人はそこそこにいるのに
なんとなく盛り上がりにかけているというのか・・・
イベント会場も、この先何がはじまるのか表示もありませんし、
テントでの物販もあまりパッとしない感じでした。

ボランティアやスタッフの方が観光客の対応に慣れていない感じです。

陽気に迎えてくれたのはゆるキャラくらい(笑)

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隣町の垂井町(たるいちょう)のためにゃん

平塚為広をモチーフにしています(←よくわかんないhappy02


再び車で移動です。国道を挟んで南側へ向かいます。


開戦地

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松平忠吉(家康の四男)と
井伊直政(出陣当時は我がふるさとの武将ですgood)が
福島正則に抜け駆けして決戦の火蓋を切ったという場所。

すぐ傍には、小西行長や宇喜多秀家の陣もありますが
この周辺、道が細く、大型の車は注意が必要です。

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島津義弘陣跡

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徳川四天王の一人・本多忠勝の陣地に行きたかったのですが
徒歩推奨ルートということで、車の乗り入れが難しくてやめました。

再び駅の近くまで引き返します。

松平忠吉・井伊直政陣跡

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駅のすぐ東側、線路脇にあります。
ここから開戦地に向けて「抜け駆け」してしまったようです。
(抜け駆け説については、諸説あるそうです・・・)

ちなみに、お二方とも遠江のお生まれでございます。
浜松っ子は喧嘩っ早いというのかせっかちということでしょうか、ね(笑)

松平・井伊の陣地に隣接して、東首塚があります。

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東首塚と西首塚の2ヶ所に戦死した兵たちが
埋葬されているそうです。

この朱塗りの建物は、供養のために名古屋の山王権現社を
昭和になって移築したものだそうです。

まだまだ見どころ(特に西軍)があるのですが、
今回のところはここまでにして、関ヶ原を後に滋賀へ向かいます。

目的地は草津市でしたが
道中、佐和山トンネルをくぐったことに気づき、彦根へ寄り道。

関ヶ原の流れで、ここに立ち寄ってみました。

(彦根)龍潭寺と佐和山城跡

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龍潭寺といえば、遠江(浜松)とともに井伊家の菩提寺。
井伊家は、関ヶ原の戦いの後にこの地の藩主となりますが
もともとは、石田三成が治めていた地です。

そんなわけで、参道に石田三成の銅像があります。

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実は、3年前にもここを訪ねているのですが・・・

山門をくぐって、左手に建物内の拝観受付がありますが、
ハイキングコースの看板に沿ってまっすぐ進みます。

お堂(名称は忘れましたsweat01)の右手に道が続いています。

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この先の看板には、
午後5時でお寺の門が閉まると書いてあるし
人気がまったくないし、
さらに、所要時間がわかりません。
(後で調べたら片道30分ほどだそうですが・・・)

とどめにこれ(爆)

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徐々に本格的な山登り(ハイキング)コースになります。

熱中症も洒落になりませんが、
猿に襲われたなんていったら笑いものになってしまいます。

ということで、今回も道半ばで退散してまいりましたdash

季節や時間をしっかり選んで行くべきところですね。


西軍(石田三成)派ならば、
関ヶ原古戦場からこのルート(あるいはその逆)もおすすめです。


【ももよろず日記関連記事】
pencil滋賀の秋旅~彦根龍潭寺と佐和山城~(2013.12) こちら




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