カテゴリー「◆お城・史跡(~江戸時代)」の47件の記事

2017年7月10日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり13~太刀洗の池~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

前記事に続き、浜松市中心部に近い史跡です。

直虎の友でもあったといわれる瀬名姫。
のちの築山殿(徳川家康の正室)に関連する地。

あまり良い意味で「ゆかりの地」とはいえないのですが・・・

太刀洗の池(たちあらいのいけ)

P1030881s

家康と築山殿の長男・信康に嫁いだのが
織田信長の長女である徳姫。

しかし、徳姫は、築山殿との折り合いの悪さから
信長に、信康と築山殿に「謀反の疑いあり」の訴状を送ったことから
信長は、家康に対して信康と築山殿の処刑を命じます。
(これに関しては諸説あります)

1579年8月、築山殿は、
(家康に招かれて)岡崎から浜松城に向かう途中に
家康の家臣・野中重政と岡本時仲によって殺害されます。

その場所がこの付近、小藪村と呼ばれていた地で、
血の付いた刀を洗った池がこのあたりにあったと
伝わります。

P1030880s

現在は、石碑や写真のついた案内板が残っているだけです。

P1030879s

ちょっと奥に行ってみましたが・・・

P1030884s

池というより水路のようになっていました。

訪ねたのは4月上旬で、桜が見ごろの季節。

P1030878s

天下を取り、太平の世を築いた徳川家康の妻でありながら
その道半ばで命を落とした築山殿を弔うようでした。

ここは、浜松医療センターという病院の駐車場の一角。

P1030882s

駐車場は有料ですが、30分までは無料です。

こちらも周辺史跡とあわせての散策がオススメです。



pc太刀洗の池 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)





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2017年5月29日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり11~松下屋敷跡~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

頭陀寺(ずだじ)に隣接した小さな公園

松下屋敷跡

P1030420s

P1030419s

松下家とは、戦国時代にこの周辺を治めていた国人領主。

その屋敷がここにあり、別名・頭陀寺城と呼ばれていました。

100m四方ほどの敷地は、堀で囲まれ
土塁が築かれていたようです。

小さいながらも「お城」の形をとっています。

P1030422s

15年ほど前に行われた発掘調査の結果
生活の跡がわかるような陶器類などが多数発掘されたとか・・・

しかし、お屋敷の中心だった場所は
南北に広い道路が通り、
さらに沿道は「かっぱ寿司」の店舗と広い駐車場になっています。

P1030424s

公園から東側を臨む

この道、よく通りますが、
そんな歴史を知ったのは、つい最近のことですwobbly

公園内の一角には石碑があり、少し小高くなっています。

P1030421s

このあたりは、屋敷の西北にあたる場所で、
土塁の跡が若干残っているようです。

かつては、松下稲荷がここにあったそうですが
現在、隣接する頭陀寺に祀られています。

ここが、「直虎」ゆかりの地である理由は・・・

直政(虎松)の母親が
松下家の一門である松下清景に嫁いだ(再婚)ことから
虎松も松下家の養子に入ります。

その後、徳川家康に取り立てられ、
井伊家再興を成し遂げていくこととなります。

また、「直虎」に関連してくるかは現在未定ですが
これより時代は遡って
この松下家の屋敷には、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が
当時の城主・松下加兵衛(之綱)に3年ほど仕えていました。

隣接する頭陀寺の資料館とあわせて見学すると、
歴史がよくわかると思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil頭陀寺の三公像(2017.5)






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2017年5月11日 (木)

青もみじの京都4~二条城~

青もみじの京都 つづきです。

嵐山を後にして向かったのは、

二条城

世界遺産にも指定されている
京都でも多くの観光客が集まるスポットです。

正式名称は元離宮 二条城

1603年、江戸幕府を開いた直後、徳川家康により
将軍上洛の際の宿泊所として築城されました。

そして、徳川時代の最後を告げる
大政奉還もこの二条城で行われました。

歴史転換の一大スポットとしても知られています。

今回の旅は、混雑するバスを避けて鉄道がメインです。
JRの嵯峨嵐山から二条まで行き、
歩くこと15分ほど・・・「二条駅」とはいえ遠いですね。

鉄道で行くならば地下鉄東西線「二条城前」下車がオススメ。

でも、今までのルートでは通ったことのないこちら

西南隅櫓

P1100719s

ここから入口まで10分弱・・・denim

覚悟はしていたけれど、入口付近には観光バスが並び
外国人観光客を中心に、大勢の人がいます。

東大手門

P1100722s

今年は、大政奉還150年に当たる年。

P1100723s

何か特別なことでもやっているのかと期待を込めてきましたが・・・

前回来たのは9年前ですが、何かが違う??

Img_4906

(2008.3撮影)

そう、門が修復されてピカピカshineになっていましたよ~

実は今年3月に修理が終わったばかりで
その間、この門からは入れなかったそうです。
(私的には、工事中に訪れるべきでしたがcoldsweats01

唐門

P1100724s

これもピカピカによみがえっていました

方向は違いますが・・・比べてみると

Img_4908

(2008.3撮影)

アップにしてみたところ

P1100725s

あれ? まるで日光東照宮の透塀を彷彿とさせるこの装飾

と思ったら・・・今の形になったのは1626年、三代・家光によるもの。
やっぱり、じいちゃん大好きheart02家光さんの足跡はここにも(笑)

二の丸御殿

P1100727s

ここまでは、まだ修理が及んでいないようです。

内部は撮影禁止ng

なので、御殿内の写真はありませんが
久しぶりに行ってみてわかったのは、
近年復元された名古屋城本丸御殿とそっくり!ということでした。

ご参考に・・・

名古屋城本丸御殿 玄関

P1080147

P1050621

P1050638

(2013年撮影)

これらの襖絵や柱が400年の時を経て
渋くなっていると予想していただければと思います。

いずれも徳川家康が江戸幕府を開くと同時に
天下普請で造ったお城ですから当然なのですが・・・

(きっと駿府もこんなお城だったんだろうなぁ)

しかし、江戸城や駿府城が現存していない今、
やはり規模的には、目を見張るものがあります。

特に、大政奉還の舞台となった大広間や
将軍の居間と寝室であったという白書院は必見。

内部は薄暗く、長い歴史の重みを感じます。

ミシミシと音を立てる鴬(うぐいす)張りの廊下は
二条城ならではです。

ただ残念なのは、音声の案内他説明書きが貧弱。
ハイヤーやバスツアー以外で来ないとほとんど説明なし。
(パンフレットは充実していますが、何せ字が小さいっ)

世界遺産なので制約が多い上に
混雑するから早く進めってことかな?

二の丸御殿を出て、二の丸庭園へ向かいます。

P1100734s

水と岩で形成される小堀遠州による書院造庭園。

さらに進んで内堀の中へ。

本丸庭園

P1100739s

こちらは、芝生が青々とした庭園。
つつじの満開にはちょっぴり早かったようです。

ちょっぴり青もみじも

P1100743s

本丸御殿

P1100744s

こちらは内部見学不可

本丸を出て、左に清流園という庭園を眺めながら歩きます。

しだれ桜が若葉に変わっていましたが
足元のつつじが満開

P1100746s

そして、出口近くの休憩所(売店や軽飲食店併設)へ

休憩したいわけじゃなく、ここがひとつの目的地でもありました。

100名城スタンプ(ずいぶん久しぶりに新規獲得foot

P_20170510_231424

そして、ここ二条城には御朱印があります

P_20170510_231204

書き置きですが、売店で購入できますよ。

大好きな「三つ葉葵」入りですheart04

ちなみに現在、御朱印がいただけるお城は全国に4箇所あるそうです。



この後は、ますます人の集まりそうな祇園方面へ

人混みは嫌いなのですが覚悟を決めて、いざ!


つづく






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2017年4月20日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり8~2つの桶狭間古戦場・後編~

「直虎」ゆかりの地めぐり
2つの桶狭間古戦場 つづきです。

名古屋市の桶狭間古戦場公園を後にして、
向かったのは・・・

隣接する豊明市にある

桶狭間古戦場伝説地

P1100057s

前編の桶狭間古戦場公園から直線距離で約1Km弱。
(車で5分ほど)

石柱に記された漢字から古さが感じられます。

国指定史跡に指定され、この石柱ができたのは1941(昭和16)年とのこと。

案内表示によると、
今川義元、家臣の松井宗信などの塚があり、
1771年には石表が建てられたというので歴史は古いようです。

P1100045s

こちらは木々が多く、手入れの行き届いた庭園といった感じ。

P1100046s

この公園内をぐるりと囲むように 七石表(石碑)が建っています。

P1100055s

一号碑 

P1100047s_2

今川義元の戦死した場所を示す最も古い石碑だそうで
表面の文字はかなり読みにくくなっています。

今川義元のお墓

P1100052s

上記はいずれも道路沿い(西側)にあります

公園奥(東側)にも数本の石碑がありますが、
無名の武将のようで、よくわかりませんでしたweep

P1100059s

進軍ルートなどの案内板

P1100056s

ここにも案内図が用意されている(トイレ付近?)との表記がありましたが
いただいてくるのを忘れてしまいました。

 

一通りみても、所要15分くらいのこじんまりした公園です。

が、こちらのほうが「それっぽい」雰囲気が漂うのは気のせい?

というのも、この古戦場伝説地は隣が病院です。

P1100043s

きれいな病院に建て替えられているのですが、

20年ほど前の夜にここを通った時には
建物も古く、看板の雰囲気と相まって怖かったのですshock

「あ~、ここが有名な合戦場の跡なのね」と悟りました。

そして、最寄りの駅は中京競馬場駅。
合戦といえば、馬がつきものですが、それも関係あるかしらsign02

horsehorsehorsehorsehorse

名古屋市と豊明市にある2つの史跡は

最近、「本家」争いで対立しているようなニュースを目にしましたが

2つの史跡を比較すると

古戦場跡の「雰囲気」は豊明市の「伝説地」

一方で名古屋は、さすがに大都市。
公園の整備やホームページなど情報の充実度
知名度などは、一枚上手という感じです。

名鉄の駅からそれぞれ徒歩圏内ですし、
ぐるりと周遊すればウォーキングにも最適な距離だと思います。

ウォーキングしながら、この地で散った今川義元や
勝ち戦となった織田信長になりきるのもありですね。

しかし、私は、義元でも信長でもなく・・・

今川義元の討死により、人質から解放されたとはいえ
命からがら古巣へ戻ったといわれている
徳川家康の気持ちになってみようと岡崎へ向かいました。

horseじゃなくて、車rvcarですけど、ねcoldsweats01
(それに、帰る方向だしsign02

つづく

(豊明市)桶狭間古戦場伝説地

(名古屋市)桶狭間古戦場保存会

(名古屋市)名古屋に桶狭間あり。





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2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

P1100017s

あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

P1100014s

(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

P1100015s

今川義元の墓碑

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大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

P1100022s

合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

P1100028s

P1100021s

とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

P1100030s

すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

P1100031s

今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

P1100033s

かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

P1100032s

公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



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2017年2月 4日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり4~井殿の塚~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

井殿(いどの)の塚

P1030189s

井伊谷城跡の登り口から徒歩2~3分にあります。
(地域遺産センターとは反対方向)

この看板のある(引佐多目的研修センターの)駐車場から

P1030149s

東方向に見えるこの木が目印

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ここは、井伊直政の祖父にあたる井伊直満とその弟・義直を
供養するために造られました。

P1030193s

P1030191s

直満らは、今川家に通じていた井伊家家老・小野和泉守道高に
謀反の疑いがあると密告され、自害させられます。

訪ねた時(2016年末)には、ピンときませんでしたが
大河ドラマで初回に放送された内容を見て理解できましたcoldsweats01

宇梶剛さん演じる直満が、
吹越満さん演じる小野和泉守道高にチクられて
駿府の今川家に行って、殺されてしまうというストーリーでした。

父親を失い悲しみにくれる亀之丞に追い打ちをかけるように
亀之丞も命を狙われ、10年弱姿を隠すことになります。

井伊直虎の激動の生涯はここからスタートします。

この場所は、井伊氏の居館があった一角。

石塔を守る大きな木は、タブノキです。

P1030192s

わざわざここだけのために出向くのは、正直「・・・」なのですが
井伊谷城跡や地域遺産センターを訪ねた際には、
近いので、ぜひ立ち寄ってみてください。

「直虎」ゆかりの地めぐりは、
ドラマの展開にあわせて、気まぐれに続く・・・かも。

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2017年1月28日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり3~井伊谷城跡~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺から車で5分ほど、
徒歩でも20分くらいの場所にあります。

井伊谷城跡(いいのやじょうあと)

P1030152s

引佐図書館の奥(北側)が登り口になっています。

P1030151s

つい最近整備されたと思われる手すり付きのきれいな舗道です。

P1030155s

この石垣はお城とは関係ないと思われます

310mなんてすぐじゃん、と思いきや
これがけっこうな坂道でございました~dash

お散歩感覚で行くと、けっこうキツいかも・・・覚悟して登ってくださいsign01

半分も歩かないうちにお休み処coldsweats02

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ベンチしかありませんが、とりあえず休憩~sweat01

隣にはお稲荷さん

P1030159s

さらにこの先、急坂&階段が待ちかまえています。

P1030182s

トータル10分ほどで、頂上(虎口)に到着です。

P1030162s

ルートは他にも反対側にもあるようです(未確認情報)

城跡と思われる範囲は、
浜松城の天守閣がある場所と同等くらいでしょうか。

P1030165s

土塁跡以外の史跡らしいものはほとんどありませんので、
想像を膨らませるしかありません。

真新しいshine顔ハメ看板で登場人物になりきってください(笑)

P1030166s

展望場所からは、井伊谷の町から
浜松の中心部(アクトタワー)まで南方面をのぞむことができます。

井伊氏の本拠地は、
標高115mにあるこの井伊谷城と麓の居館、
そして、井伊谷城の北側にある三岳城であったといわれます。

P1030171ss

北側にまわってみると
三岳城があった三岳山(466m)が見えます。

P1030179s

(右側の山・・・だと思います)

三岳城跡には遺構が残っているらしく、興味はあったのですが、
知人から聞いた話では、
軽登山程度の準備をして登る山だそうで
井伊谷城跡でいっぱいいっぱいな体力の私には
まず、ムリと思われます(悲)

せめて、月に1度くらいここの急坂を登ってdenim
足腰鍛えてからですね。

井伊谷城跡へ登る際には、
地域遺産センター(旧引佐町役場)の駐車場を利用します。

P1030196s

登り口までは徒歩5分くらいdenim

図書館や多目的研修センターの駐車場は
地元の方が使われるので停めないようにお願いしますm(__)m

P1030149s




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2017年1月25日 (水)

「直虎」ゆかりの地めぐり2~共保公出生の井戸~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺の駐車場から道路を渡ってすぐに
こんな看板がある路地を入ります。

P1030200s

ここから歩くこと2~3分

田園地帯の中にぽつんと白い塀が現れます。

P1030201s

田んぼが青々clubとしていれば、もっと良い絵になりそうです。

共保公出生の井戸

共保(ともやす)公とは、井伊家初代当主。

寛弘7(1010)年元旦に、
この井戸で生まれたとも、傍らに捨てられていたとも
諸説あるようです。

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井戸は、まさに「井」の形

P1030205s

そして隣には、の木。良い具合に実が色づいていますheart02

家紋のペアそのものですねsmile

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初代・共保公が見つけられたすぐそばに
橘があったと伝えられていることから
井伊家を象徴するこれらの2つが家紋となったそうです。

大老・井伊直弼の歌碑

P1030207s

共保公の件は伝説のような不確かな部分も多いのですが、
この地が井伊家発祥の地であるとされます。

江戸時代には、その子孫である大老・井伊直弼が
菩提寺の龍潭寺に参拝に訪れた際に詠んだ歌が
歌碑に記されています。

大河ドラマでは、直虎の子供時代のシーンに
この井戸が度々登場しますが、
森の中にひっそりと存在する泉のような雰囲気でした。

実際は、広々とした田園地帯にぽつん。

P1030202s

反対側には住宅地もあります。

ドラマでのイメージを想像していくと、ちょっと驚くかもですhappy02

つづく





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2017年1月14日 (土)

熊本地震復興応援の旅6~現在の熊本城をさるく・後編~

熊本地震復興応援の旅 つづきです。

pencil関連記事 熊本地震復興応援の旅5~現在の熊本城をさるく・前編~

被害の大きさを最も間近で見られる東から北側を歩きます。

北十八間櫓

P1090462s

前回(2014年)訪ねた時は、
このすぐそばのKKRホテルに宿泊したのですが、
一見、地味な櫓には注力もせず、写真も撮らず・・・

今となれば、写真に収めなかったことを後悔ですweep

P1010396s

upかろうじて、左下に櫓がちょっとだけ映っていました(2014.11)

下の写真の右に見える坂は、前回、お初の熊本城「登城」の際に
登った思い出に残る坂です

棒庵坂(ぼうあんざか)

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下津棒庵という加藤清正の家臣のお屋敷が
この坂の下にあったことから命名されています。

坂の手前にずらりと並べられた石たち

P1090472s

崩れた石垣をここに仮置きしています。

番号がふられた石垣は、この後本格的な復元に使われます。

P1090471s

しかし、石垣や漆喰塗りなど城郭建築に必要な職人さんは
需要も少ない上に、後継者不足などもあり
すぐに必要なだけ集めるというわけにもいかないそうで
完全復元までには数十年といわれていますcrying

以前訪ねた白河小峰城(福島県)の石垣でさえ
3年近く費やしたとお聞きしているので
熊本城のこの規模を考えたら・・・大変です。

激しく倒壊する櫓や石垣がある一方で
棒庵坂の登り口から見えるこちら

P1090473s

まるで本丸の二様の石垣のように、美しい姿が残っていますhappy01

坂を登りきると、再び加藤神社へ。

P1090474s

朝には見られなかった足場が組まれています。何が始まる?

朝は人も少なかったのですが
昼近くにもなると、団体客などが訪れています。

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今、熊本城の天守閣をいちばん良く見られるのはここ。

P1090394s

まさに一番の人気スポットというわけです。

くまモンも応援していますheart02

宇土櫓(うとやぐら)

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天守閣にも引けをとらない規模の櫓で、
築城時(17世紀前半)に建てられた重要文化財です。

櫓本体や石垣は無事ですが、続櫓は倒壊しています。

白河小峰城でお聞きした時にも驚いたのですが
江戸時代に造られたもののほうが倒壊していないこともあるのです。

戌亥櫓(いぬいやぐら)

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二の丸広場からのぞむ天守閣と宇土櫓

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2年前の様子

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この塀は、明治から昭和にかけて復元されたものだそうです。

西大手門から未申櫓の間

P1090503s

塀ばかりでなく、石垣も大きく崩れています。

こちらでは、石垣と栗石が分類され、調査しているようです。

P1090505s_2

この階段を下ると、出発した観光案内所へ

P1090507s

これにて、2時間のさるくは終了~

ノンストップで、歩き続けながら、詳しく解説してくださったガイドさん
どうもありがとうございましたm(__)m

こうしてみると、大きな被害を受け、心痛むところもありますが
天守閣も石垣も無事なところも多いのです。

復興城主の記念にいただいた
写真集のこの言葉が胸に響きます。

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 地震に堪えた熊本城の姿

 今の姿を知ってもらおうと頑張るボランティアガイドさんの姿

 復興に向けて働く職人さんたちの姿

それぞれに大きく感動をいただきました。

ちょくちょく足を運べる場所ではありませんが
数年後にまた、少しずつ甦る熊本城の勇姿を見に
行きたいと思います。

そして、今再び復興に向けて歩みだした熊本城へ、
ひとりでも多くの方が足を運んでいただきたいと思います。

続いて、もうひとつの加藤清正像のある本妙寺へ

【関連記事】 

pencil福島の旅~白河小峰城~(2013.6)

pencil熊本の旅~熊本城その1~(2014.11)





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2017年1月 8日 (日)

熊本地震復興応援の旅5~現在の熊本城をさるく・前編~

熊本地震復興応援の旅 つづきです。

城内に入れない今、観光の中心になるのが
おみやげ店や飲食店、観光案内所などが集まるスポット
桜の馬場城彩苑

隣には有料駐車場もあります。

この旅の大きな目的のひとつ
復興城主の申し込み手続きをしました。

P1090509s

pencil関連記事 熊本城復興城主に(2016.12.23)

いただいた熊本城主の手形を利用して
隣接する湧々座(わくわくざ)を見学してきました。

P1090418s

歴史文化を体験できる施設です

石垣はめこみ体験

P1090419s

たったこれだけはめこむだけでも苦戦しちゃってました、私wobbly

この隣にある観光案内所が、さるくの受付です。

「さるく」は、ぶらぶら歩くの意味で
ボランティアガイドさんとともに、2時間ほどのコースを
歩きます。

コースはいくつかありますが、
今回選んだのはもちろんこちら

現在(いま)の熊本城をさるく

P_20170104_221410

参加料は1名500円。

こんなおみやげまでいただける上に

P_20170104_221317

さらに・・・なんとこの日は、私のみの貸切ガイドさん

数年前に熊本に戻ってきて
ガイドをされているという、郷土愛heart02たっぷりの男性ガイドさんです。

今回は、城内には入れませんので
お城の外を巡って被災状況などをこの目で実際に見ながら
歴史などもお聞きするというコース。

さるくは、2年前に訪れた時にも利用しましたが、
地震によりルートを変えて復活しているようです。
このアイデアや前向きな姿勢に頭が下がります。

pencil関連記事 熊本の旅~熊本城その1~(2014.11)

ルートは、ガイドブックとは逆回りで進みました。

前回、ご挨拶できなかった清正公の銅像から

P1090428s

名古屋城にあるものと比べると、やはり出世した貫録がありますねup

熊本市内には全部で3つの銅像があるそうですが
この日、そのうちのもうひとつも訪ねました。

川越しに見える熊本城の名を記した石碑は
倒壊こそしていませんが、上部が回転しています。

P1090431s

川越しに見える馬具櫓

P1090430s

お話では、本震以降の度重なる余震で
次第に被害が大きくなってきたそうです。

そして、テレビ映像でもたびたび目にしていた
飯田丸五階櫓

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この角度ではわかりにくいのですが
わずかな石垣に支えられて、建物が持ちこたえる様子が痛々しいのです。

重要文化財の長塀

P1090438s

242mの塀は、江戸時代に造られたもので国内最長。
一部倒壊していますが、石垣は無事のようです。

2年前に櫨方(はぜかた)門から入って
城内から見た長塀の美しい姿がこちらでした

P1010263s

この後、お城の全体像を見るために

市役所庁舎

P1090439s

14階の展望所スペースから
地上からは見られない全貌を見ることができました。

P1090444s

本丸御殿と思われる建物も外見からは無事のようです。

ここからは、飯田丸五階櫓の石垣の崩壊がはっきりわかります

P1090442s

鉄骨は、これ以上建物が崩れないようにするため
あくまでも応急処置だそうです。

建物や石垣など優先順位に基づいて復元工事が行われて
いくそうです。

市役所を出て、東から北側にまわります。

熊本城稲荷神社の鳥居

P1090450s

大きなヒビがあり、注意の札がかかっています。

さらに隣の
熊本大神宮の被害は甚大です

隣接する熊本城の東十八間櫓北十八間櫓
建物と石垣ともに崩壊し、
境内へ大量の石が押し寄せています。

P1090453s

本殿と拝殿は無事ですが、奥にあった社務所が全壊。

すでに建物は撤去されて、
現在は、これ以上の崩落を防ぐために
モルタルなどで固める作業をしているそうです。

その先も、まだ撤去しきれていない崩れた櫓と石垣が続きます。

P1090456s

このあたりが被害が集中しているようにも見えます。

このあとは、坂を登り天守閣の見えるエリアへ向かいます。

つづく



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