カテゴリー「◆お城・史跡(~江戸時代)」の50件の記事

2017年8月22日 (火)

三重の神社とお城をめぐる旅6~松阪商人の町並み~

三重の神社とお城をめぐる旅 つづきです

松阪商人の館などがある町並みへ

松阪城公園の市営駐車場からも歩いて15分くらいですが
休日ということもあり市役所の駐車場を利用しましたrvcar

商人というと大阪・堺や近江というイメージでしたが
実は、松阪(伊勢)も豪商が多い町なんですね

その最たる証拠が・・・

ライオン(来遠)像

P1110406s

あの三越百貨店のシンボル(友好で贈られたものだそうです)です

なぜここにいるかというと
創業家である三井家はここ松阪が発祥なのです

三井家の中興の祖ともいわれる三井高利は、
この地で金融業を営み資金を蓄え
その後、江戸に出した店が呉服屋の「越後屋」
井さんの後屋だから「三越」ですねbleah

このライオン像を目安に路地へ入るとすぐに
三井家発祥の地があります

P1110390s

現在は切り取られたわずかな敷地だけが残りますが、
松阪でもその規模は別格の豪商だったそうです

そして、その周辺には
当時の長者番付に登場するような豪商が何軒もありました

そのひとつの小津家の建物がこちら

松阪商人の館

P1110392s

紙問屋の小津家の建物・敷地を一部縮小しながらも
江戸時代当時のまま保存しています

入館料は200円

係の方が入口付近で大まかな説明をしてくださいます
(その先は自由見学)

この小津家、国学者の本居宣長の実家(小津家)とも
関係があったそうです

P1110397s

土間には大きな釜の他に、石でできた地下金庫?も展示されています

見世の間と勘定場

P1110399s

P1110394s

内蔵

P1110396s

松阪商人から豪商が輩出されているのは
伊勢への街道沿いという好立地、
松阪木綿などの商材があったことはもちろんですが、
松阪藩主の蒲生氏郷が入った後に、
町人を保護し、楽市楽座をすすめて
商売がしやすい政策をとったことも大きいようです

近江出身で、織田信長のもとで出世した武将らしい功績shine

経済政策にも長け、
城づくりにも素晴らしい才能を持っていたと思われる蒲生氏郷は
もっと長生きしていたら、
歴史上でもっと注目される武将になっていたはずです

知ればしるほど、興味湧いてきた~bleah

続いて、通りを1本隔てた場所にある

本居宣長宅跡

P1110412s

旧住宅(鈴屋)は、松阪城跡の中に移築されていますが、
ここには蔵や、松の木がそのままに残されています

旧長谷川邸

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こちらも豪商で、木綿商を営む長谷川治郎兵衛の本宅

大きな蔵が現存しています

期日限定で内部が公開されているそうですが、
この日は残念ながら閉館していました

P1110416s

駆け足でまわった松阪城周辺と松阪商人の町並み

史跡や町並みが想像以上にきれいに維持されていて
町の人々が歴史を大事にしていることに感銘を受けました

県外の者にとっては、松阪は「観光のまち」の印象がありませんが
訪ねてみたらみどころがたくさんで、
もっとゆっくり時間をかけてみたい町でした

そして、最後は・・・

松阪まで来てこれを食さず去るわけにはまいりません!

P1110418s

松阪牛ハンバーグの夕食restaurant

ジューシーで、デミグラソースが懐かしい味でしたhappy01

本来ならステーキかすき焼きといきたいところですが・・・
そこはお財布事情に加え、ひとりでも気軽に入れるということで

松阪牛のお店として有名な牛銀本店さんに隣接する
洋食屋牛銀さんにて

P1110421s

豊富なメニュー&お手頃価格で松阪牛を使ったメニューが楽しめます

こうして三重県の旅1日目は終了となり、津市内にて宿泊sleepy

翌日は、伊勢のちょっと人の少ない神社をめざします

つづく


pencil松阪市観光協会ホームページ




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2017年8月18日 (金)

三重の神社とお城をめぐる旅5~本居宣長記念館と御城番屋敷~

三重の神社とお城をめぐる旅 つづきです

松阪城公園内から、反対側へ降りても行けたのですが
天候も不安&時間がなかったので車でワープrvcar

本居宣長(もとおりのりなが)記念館

P1110358s

なかなか読めない名前ですが、日本史の教科書ではお馴染み

松阪出身の国学者を紹介する資料館です

内部はリニューアル直後とあってとてもきれいでした

1階は、本居宣長の功績や系譜を紹介するエントランススペースと
木材を多様した学習スペース

2階は、主に著書や書状、使用していた道具などが並びます

係の方が説明もしていましたが、
何せ今回時間がないので駆け足の見学でしたdash

歴史の教科書で名前を聞いたことがある程度でしたが、
8世紀に編纂された古事記を訳した「古事記伝」の著者で
後世の研究にも多大な影響を与えた国学者です

元々は商人の家に生まれながら
自分は商売には向いてない、と医者の道に進みながらも
その傍らで国学者として功績を残しています

特に、師と仰ぐ賀茂真淵(浜松出身)とは親交が厚かったそうです。

わが家の近所に賀茂真淵記念館がありますが
行ったことがないので、これは訪ねてみなければcoldsweats02

こちらでいただいた100名城のスタンプ

27a88070facb40aea6ebd6b7f07337b5

近くには本居宣長ノ宮もあります

P1110362s

さらに本居宣長記念館の受付にて
周辺のみどころを教えていただき、GOdash

徒歩ですぐのところにある
御城番屋敷(ごじょうばんやしき)

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刈り揃えられた生垣と石畳、風情があります

松坂藩は、江戸初期に紀州藩の出先として城代がおかれており
城内警護のために紀州から移り住んだ武士(御城番)の住居がこちら

いわば「官舎」ってところでしょうか

現存する建物は幕末に建てられたもので
重要文化財に指定されています

反対から見ると、すぐ目の前にお城が見えます

P1110379s

棟続きになった長屋風の建物ですが
お城の石垣の上から見ると、全体像がきれいに見える、はず
(くれぐれも石垣から落っこちないようにdangerです)

現在も子孫の方々が管理され、
借家として住まわれている方々がいらっしゃいます

生垣に囲まれた各戸の玄関

P1110372s

景観などを維持しながら生活するのも大変です

そのうちの一戸が無料公開されています

P1110365s

意外とシンプルな間取りですが、平屋で4部屋以上ありますよ

P1110367s

土蔵(城内の米蔵を移築したもの)

P1110381s

石垣も素晴らしい松阪城でしたが
紀州藩(紀州徳川家)とつながりを持つ城下として
貴重な史跡も残っており見ごたえがありました

またゆっくり訪ねてみたい城下町です

この後は、松阪商人の足跡を知る町並みへ向かいます

つづく





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2017年8月16日 (水)

三重の神社とお城をめぐる旅4~松阪城跡~

三重の神社とお城をめぐる旅 つづきです。

鈴鹿インターから松阪インターまで
渋滞もなくスイスイrvcar ラッキーでした~

松阪といえば、真っ先に「牛」「牛肉」が浮かびますが
インターを降りてからも道路沿いには牛肉屋の看板だらけ(笑)

しかし、今回は牛肉が目的ではなく、お城と街並みを訪ねます。

松阪城跡

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城跡に隣接する(市営グラウンド横に)無料の市営駐車場を利用し登城

P1110313s

現在の市名は「松」ですが、
城址の石碑には「松

「大坂」から「大阪」のような時代的な変化でしょうか?

(こちらの記事では、松阪城で統一します)

この松阪は、100名城に指定されていますが
正直、ちょっと石垣があるくらいかな・・・の予備知識

実際、100名城は各県にまんべんなく指定されている関係か
今まで、「えっ、これ?」というのもありましたから・・・

ところが、実際に歩いてみると高くそびえる立派な石垣にびっくりhappy02

P1110317s

戦国時代を象徴する野面積みの石垣
隅には、算木積みといわれる技法も採り入れられています

松阪城は蒲生氏郷(がもううじさと)によって
1588年に築城されました

近江国出身の蒲生氏郷は、安土城の築城にも関わっており
出身国の近江から穴太衆(あのうしゅう)といわれる
石垣づくりで有名な職人たちを呼び寄せて築城したそうです。

登城途中にある歴史民俗資料館(旧飯南郡図書館)

P1110321s

時間がないので、こちらはパスです

月見櫓跡

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建物は残っていませんが
かつては櫓が随所に配置されていた様子がうかがえます

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このような入り組んだつくりをたどり、石段を登ると・・・

本丸

P1110335s

さらに一段高いところに天守台跡

P1110342s

石垣のそばまで行って歩けるところも多いのですが

P1110337s

際まで行ってみると、その先は・・・崖

眺めは良いけど 絶壁

P1110354s

このような看板が随所にあります(立入り禁止ではありません)

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まるで、外国によくありがちな
「この先、自己責任で・・・」という注意書きですdanger

近年、石垣が修復されているそうですが、ちょっときれいすぎ?

P1110356s

蒲生氏郷の関わったお城として、会津若松の鶴ヶ城があります。

以前訪ねた時に、茶文化を発展させたお殿様だったと聞き
あまり城づくりのイメージがありませんでしたが
もしかして、加藤清正に匹敵するくらいの名手かも?

こちらは、江戸時代になってからの石垣だと思われますが
まるで熊本城(二様の石垣)に匹敵しそうな急こう配の石垣です

P1110385ss

正直、松阪城をナメてましたcoldsweats02 期待以上の素晴らしい城跡

建物がないとがっかりする方もいらっしゃいますが
石垣好きならぜひ見ていただきたいお城です。

時間の都合で、すべて回りきれておりませんが、
季節の良い時期にまた訪ねてみたいと思うのでした。

そして、公園内には史跡の他、
松阪の歴史などに関する文化施設もいくつかあります。

100名城スタンプもこちらでいただけるということで
本居宣長記念館へ向かいます

つづく





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2017年7月10日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり13~太刀洗の池~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

前記事に続き、浜松市中心部に近い史跡です。

直虎の友でもあったといわれる瀬名姫。
のちの築山殿(徳川家康の正室)に関連する地。

あまり良い意味で「ゆかりの地」とはいえないのですが・・・

太刀洗の池(たちあらいのいけ)

P1030881s

家康と築山殿の長男・信康に嫁いだのが
織田信長の長女である徳姫。

しかし、徳姫は、築山殿との折り合いの悪さから
信長に、信康と築山殿に「謀反の疑いあり」の訴状を送ったことから
信長は、家康に対して信康と築山殿の処刑を命じます。
(これに関しては諸説あります)

1579年8月、築山殿は、
(家康に招かれて)岡崎から浜松城に向かう途中に
家康の家臣・野中重政と岡本時仲によって殺害されます。

その場所がこの付近、小藪村と呼ばれていた地で、
血の付いた刀を洗った池がこのあたりにあったと
伝わります。

P1030880s

現在は、石碑や写真のついた案内板が残っているだけです。

P1030879s

ちょっと奥に行ってみましたが・・・

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池というより水路のようになっていました。

訪ねたのは4月上旬で、桜が見ごろの季節。

P1030878s

天下を取り、太平の世を築いた徳川家康の妻でありながら
その道半ばで命を落とした築山殿を弔うようでした。

ここは、浜松医療センターという病院の駐車場の一角。

P1030882s

駐車場は有料ですが、30分までは無料です。

こちらも周辺史跡とあわせての散策がオススメです。



pc太刀洗の池 (浜松・浜名湖観光情報サイトより)





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2017年5月29日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり11~松下屋敷跡~

直虎ゆかりの地めぐり つづきです。

頭陀寺(ずだじ)に隣接した小さな公園

松下屋敷跡

P1030420s

P1030419s

松下家とは、戦国時代にこの周辺を治めていた国人領主。

その屋敷がここにあり、別名・頭陀寺城と呼ばれていました。

100m四方ほどの敷地は、堀で囲まれ
土塁が築かれていたようです。

小さいながらも「お城」の形をとっています。

P1030422s

15年ほど前に行われた発掘調査の結果
生活の跡がわかるような陶器類などが多数発掘されたとか・・・

しかし、お屋敷の中心だった場所は
南北に広い道路が通り、
さらに沿道は「かっぱ寿司」の店舗と広い駐車場になっています。

P1030424s

公園から東側を臨む

この道、よく通りますが、
そんな歴史を知ったのは、つい最近のことですwobbly

公園内の一角には石碑があり、少し小高くなっています。

P1030421s

このあたりは、屋敷の西北にあたる場所で、
土塁の跡が若干残っているようです。

かつては、松下稲荷がここにあったそうですが
現在、隣接する頭陀寺に祀られています。

ここが、「直虎」ゆかりの地である理由は・・・

直政(虎松)の母親が
松下家の一門である松下清景に嫁いだ(再婚)ことから
虎松も松下家の養子に入ります。

その後、徳川家康に取り立てられ、
井伊家再興を成し遂げていくこととなります。

また、「直虎」に関連してくるかは現在未定ですが
これより時代は遡って
この松下家の屋敷には、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が
当時の城主・松下加兵衛(之綱)に3年ほど仕えていました。

隣接する頭陀寺の資料館とあわせて見学すると、
歴史がよくわかると思います。

【ももよろず日記関連記事】

pencil頭陀寺の三公像(2017.5)






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2017年5月11日 (木)

青もみじの京都4~二条城~

青もみじの京都 つづきです。

嵐山を後にして向かったのは、

二条城

世界遺産にも指定されている
京都でも多くの観光客が集まるスポットです。

正式名称は元離宮 二条城

1603年、江戸幕府を開いた直後、徳川家康により
将軍上洛の際の宿泊所として築城されました。

そして、徳川時代の最後を告げる
大政奉還もこの二条城で行われました。

歴史転換の一大スポットとしても知られています。

今回の旅は、混雑するバスを避けて鉄道がメインです。
JRの嵯峨嵐山から二条まで行き、
歩くこと15分ほど・・・「二条駅」とはいえ遠いですね。

鉄道で行くならば地下鉄東西線「二条城前」下車がオススメ。

でも、今までのルートでは通ったことのないこちら

西南隅櫓

P1100719s

ここから入口まで10分弱・・・denim

覚悟はしていたけれど、入口付近には観光バスが並び
外国人観光客を中心に、大勢の人がいます。

東大手門

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今年は、大政奉還150年に当たる年。

P1100723s

何か特別なことでもやっているのかと期待を込めてきましたが・・・

前回来たのは9年前ですが、何かが違う??

Img_4906

(2008.3撮影)

そう、門が修復されてピカピカshineになっていましたよ~

実は今年3月に修理が終わったばかりで
その間、この門からは入れなかったそうです。
(私的には、工事中に訪れるべきでしたがcoldsweats01

唐門

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これもピカピカによみがえっていました

方向は違いますが・・・比べてみると

Img_4908

(2008.3撮影)

アップにしてみたところ

P1100725s

あれ? まるで日光東照宮の透塀を彷彿とさせるこの装飾

と思ったら・・・今の形になったのは1626年、三代・家光によるもの。
やっぱり、じいちゃん大好きheart02家光さんの足跡はここにも(笑)

二の丸御殿

P1100727s

ここまでは、まだ修理が及んでいないようです。

内部は撮影禁止ng

なので、御殿内の写真はありませんが
久しぶりに行ってみてわかったのは、
近年復元された名古屋城本丸御殿とそっくり!ということでした。

ご参考に・・・

名古屋城本丸御殿 玄関

P1080147

P1050621

P1050638

(2013年撮影)

これらの襖絵や柱が400年の時を経て
渋くなっていると予想していただければと思います。

いずれも徳川家康が江戸幕府を開くと同時に
天下普請で造ったお城ですから当然なのですが・・・

(きっと駿府もこんなお城だったんだろうなぁ)

しかし、江戸城や駿府城が現存していない今、
やはり規模的には、目を見張るものがあります。

特に、大政奉還の舞台となった大広間や
将軍の居間と寝室であったという白書院は必見。

内部は薄暗く、長い歴史の重みを感じます。

ミシミシと音を立てる鴬(うぐいす)張りの廊下は
二条城ならではです。

ただ残念なのは、音声の案内他説明書きが貧弱。
ハイヤーやバスツアー以外で来ないとほとんど説明なし。
(パンフレットは充実していますが、何せ字が小さいっ)

世界遺産なので制約が多い上に
混雑するから早く進めってことかな?

二の丸御殿を出て、二の丸庭園へ向かいます。

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水と岩で形成される小堀遠州による書院造庭園。

さらに進んで内堀の中へ。

本丸庭園

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こちらは、芝生が青々とした庭園。
つつじの満開にはちょっぴり早かったようです。

ちょっぴり青もみじも

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本丸御殿

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こちらは内部見学不可

本丸を出て、左に清流園という庭園を眺めながら歩きます。

しだれ桜が若葉に変わっていましたが
足元のつつじが満開

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そして、出口近くの休憩所(売店や軽飲食店併設)へ

休憩したいわけじゃなく、ここがひとつの目的地でもありました。

100名城スタンプ(ずいぶん久しぶりに新規獲得foot

P_20170510_231424

そして、ここ二条城には御朱印があります

P_20170510_231204

書き置きですが、売店で購入できますよ。

大好きな「三つ葉葵」入りですheart04

ちなみに現在、御朱印がいただけるお城は全国に4箇所あるそうです。



この後は、ますます人の集まりそうな祇園方面へ

人混みは嫌いなのですが覚悟を決めて、いざ!


つづく






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2017年4月20日 (木)

「直虎」ゆかりの地めぐり8~2つの桶狭間古戦場・後編~

「直虎」ゆかりの地めぐり
2つの桶狭間古戦場 つづきです。

名古屋市の桶狭間古戦場公園を後にして、
向かったのは・・・

隣接する豊明市にある

桶狭間古戦場伝説地

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前編の桶狭間古戦場公園から直線距離で約1Km弱。
(車で5分ほど)

石柱に記された漢字から古さが感じられます。

国指定史跡に指定され、この石柱ができたのは1941(昭和16)年とのこと。

案内表示によると、
今川義元、家臣の松井宗信などの塚があり、
1771年には石表が建てられたというので歴史は古いようです。

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こちらは木々が多く、手入れの行き届いた庭園といった感じ。

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この公園内をぐるりと囲むように 七石表(石碑)が建っています。

P1100055s

一号碑 

P1100047s_2

今川義元の戦死した場所を示す最も古い石碑だそうで
表面の文字はかなり読みにくくなっています。

今川義元のお墓

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上記はいずれも道路沿い(西側)にあります

公園奥(東側)にも数本の石碑がありますが、
無名の武将のようで、よくわかりませんでしたweep

P1100059s

進軍ルートなどの案内板

P1100056s

ここにも案内図が用意されている(トイレ付近?)との表記がありましたが
いただいてくるのを忘れてしまいました。

 

一通りみても、所要15分くらいのこじんまりした公園です。

が、こちらのほうが「それっぽい」雰囲気が漂うのは気のせい?

というのも、この古戦場伝説地は隣が病院です。

P1100043s

きれいな病院に建て替えられているのですが、

20年ほど前の夜にここを通った時には
建物も古く、看板の雰囲気と相まって怖かったのですshock

「あ~、ここが有名な合戦場の跡なのね」と悟りました。

そして、最寄りの駅は中京競馬場駅。
合戦といえば、馬がつきものですが、それも関係あるかしらsign02

horsehorsehorsehorsehorse

名古屋市と豊明市にある2つの史跡は

最近、「本家」争いで対立しているようなニュースを目にしましたが

2つの史跡を比較すると

古戦場跡の「雰囲気」は豊明市の「伝説地」

一方で名古屋は、さすがに大都市。
公園の整備やホームページなど情報の充実度
知名度などは、一枚上手という感じです。

名鉄の駅からそれぞれ徒歩圏内ですし、
ぐるりと周遊すればウォーキングにも最適な距離だと思います。

ウォーキングしながら、この地で散った今川義元や
勝ち戦となった織田信長になりきるのもありですね。

しかし、私は、義元でも信長でもなく・・・

今川義元の討死により、人質から解放されたとはいえ
命からがら古巣へ戻ったといわれている
徳川家康の気持ちになってみようと岡崎へ向かいました。

horseじゃなくて、車rvcarですけど、ねcoldsweats01
(それに、帰る方向だしsign02

つづく

(豊明市)桶狭間古戦場伝説地

(名古屋市)桶狭間古戦場保存会

(名古屋市)名古屋に桶狭間あり。





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2017年4月17日 (月)

「直虎」ゆかりの地めぐり7~2つの桶狭間古戦場・前編~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

今年の大河ドラマは地元・浜松市なので、
ゆかりの地めぐりも何度かに分けて、
時間をかけてゆっくり巡ることができます。

そんな中、初の県外進出dash

桶狭間古戦場

P1100020s

直虎には直接関係がありませんが
ドラマの中では、井伊家の大きな転機になった
桶狭間の戦い(1560年)impactのあった古戦場です。

当時、駿河、遠江から三河にかけて大きな勢力を誇った
今川義元が、少ない軍勢の織田信長に討たれた戦い。
この戦を機に、織田信長が天下統一に突っ走ります。

事前にリサーチしてみると、
古戦場としての観光スポットは、2ヶ所あるようです。

そもそも古戦場ですからピンポイントではなく
「この辺り一帯」というのが歴史的な限界かとcoldsweats02

最初に訪ねたのは名古屋市緑区にある

桶狭間古戦場公園

閑静な住宅街の一角にあり
近年整備されたと思われる開放的できれいな公園です。

今川義元と織田信長の像

P1100017s

あまり貫録のない若い織田信長といった感じです。
(浜松城の徳川家康像を彷彿とさせます)

公園なので、案内をする方がいるわけではありませんが
資料がこちらに用意されています。

P1100014s

(予約すればボランティアガイドさんが説明してくださるそうです)

すぐそばにある「ネズの木」は、
今川義元が馬をつなぐのに使用していたともいわれ、
触れると熱病に罹るという伝説があるそうです。(今は、枯れ木です)

P1100015s

今川義元の墓碑

P1100016s

大きなみどころは、石などで作られた地形のジオラマ

P1100022s

合戦の位置関係を石や池などで表しています。

大高城は、家康が兵糧を入れたお城
川(海?)の向こうには、熱田神宮の信長塀もあります。

P1100028s

P1100021s

とはいえ、看板だけではちょっと難しいかな~

やっぱり音声や映像が欲しいですね。

あるいは、大河ドラマで、「義元ナレ死」じゃなくて、
もうちょっと戦を描写してくれれば、これも楽しめたかも・・・

そして、この公園の周辺は「戦のみち」として
いくつかのスポットが点在しているようです。

P1100030s

すべて歩くことはムリでしたが、
看板に沿って、近そうなところへ行ってみました。

P1100031s

今川本陣跡があるというので行ってみると・・・

あまりにも普通の家の前でびっくりhappy02

P1100033s

かつての古戦場は、
すっかり近代的な住宅街になっていたのでした。

P1100032s

公園には駐車場はありませんのでご注意ください。

公園に隣接してホームセンターがあり、
そこでお買い物がてら、30分ほど停めさせていただきましたrvcar

続いては、市境を挟んで
もうひとつの古戦場スポットへ向かいます。

pc桶狭間の戦い(桶狭間古戦場保存会)



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2017年2月 4日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり4~井殿の塚~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

井殿(いどの)の塚

P1030189s

井伊谷城跡の登り口から徒歩2~3分にあります。
(地域遺産センターとは反対方向)

この看板のある(引佐多目的研修センターの)駐車場から

P1030149s

東方向に見えるこの木が目印

P1030188s

ここは、井伊直政の祖父にあたる井伊直満とその弟・義直を
供養するために造られました。

P1030193s

P1030191s

直満らは、今川家に通じていた井伊家家老・小野和泉守道高に
謀反の疑いがあると密告され、自害させられます。

訪ねた時(2016年末)には、ピンときませんでしたが
大河ドラマで初回に放送された内容を見て理解できましたcoldsweats01

宇梶剛さん演じる直満が、
吹越満さん演じる小野和泉守道高にチクられて
駿府の今川家に行って、殺されてしまうというストーリーでした。

父親を失い悲しみにくれる亀之丞に追い打ちをかけるように
亀之丞も命を狙われ、10年弱姿を隠すことになります。

井伊直虎の激動の生涯はここからスタートします。

この場所は、井伊氏の居館があった一角。

石塔を守る大きな木は、タブノキです。

P1030192s

わざわざここだけのために出向くのは、正直「・・・」なのですが
井伊谷城跡や地域遺産センターを訪ねた際には、
近いので、ぜひ立ち寄ってみてください。

「直虎」ゆかりの地めぐりは、
ドラマの展開にあわせて、気まぐれに続く・・・かも。

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2017年1月28日 (土)

「直虎」ゆかりの地めぐり3~井伊谷城跡~

「直虎」ゆかりの地めぐり つづきです。

龍潭寺から車で5分ほど、
徒歩でも20分くらいの場所にあります。

井伊谷城跡(いいのやじょうあと)

P1030152s

引佐図書館の奥(北側)が登り口になっています。

P1030151s

つい最近整備されたと思われる手すり付きのきれいな舗道です。

P1030155s

この石垣はお城とは関係ないと思われます

310mなんてすぐじゃん、と思いきや
これがけっこうな坂道でございました~dash

お散歩感覚で行くと、けっこうキツいかも・・・覚悟して登ってくださいsign01

半分も歩かないうちにお休み処coldsweats02

P1030156s

ベンチしかありませんが、とりあえず休憩~sweat01

隣にはお稲荷さん

P1030159s

さらにこの先、急坂&階段が待ちかまえています。

P1030182s

トータル10分ほどで、頂上(虎口)に到着です。

P1030162s

ルートは他にも反対側にもあるようです(未確認情報)

城跡と思われる範囲は、
浜松城の天守閣がある場所と同等くらいでしょうか。

P1030165s

土塁跡以外の史跡らしいものはほとんどありませんので、
想像を膨らませるしかありません。

真新しいshine顔ハメ看板で登場人物になりきってください(笑)

P1030166s

展望場所からは、井伊谷の町から
浜松の中心部(アクトタワー)まで南方面をのぞむことができます。

井伊氏の本拠地は、
標高115mにあるこの井伊谷城と麓の居館、
そして、井伊谷城の北側にある三岳城であったといわれます。

P1030171ss

北側にまわってみると
三岳城があった三岳山(466m)が見えます。

P1030179s

(右側の山・・・だと思います)

三岳城跡には遺構が残っているらしく、興味はあったのですが、
知人から聞いた話では、
軽登山程度の準備をして登る山だそうで
井伊谷城跡でいっぱいいっぱいな体力の私には
まず、ムリと思われます(悲)

せめて、月に1度くらいここの急坂を登ってdenim
足腰鍛えてからですね。

井伊谷城跡へ登る際には、
地域遺産センター(旧引佐町役場)の駐車場を利用します。

P1030196s

登り口までは徒歩5分くらいdenim

図書館や多目的研修センターの駐車場は
地元の方が使われるので停めないようにお願いしますm(__)m

P1030149s




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