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2016年8月13日 (土)

関ヶ原古戦場・後編

関ヶ原古戦場 つづきです。

戦(いくさ)は、通常は勝ったほうが注目を浴びますが
なんとなく、ここに来て思ったのは
「負けた三成が英雄になっている」ということ。

今年の大河ドラマ「真田丸」も
この先、大坂の陣で散る真田信繁(幸村)がヒーローです。

家康のお膝元である静岡県民としては、少々面白くないわけですbearing


が、話を戻して・・・駅から、再び陣地の分散するエリアへ。

決戦地

P_20160731_133341

石田三成の陣のある笹尾山からほど近いこのあたりでは、
西軍の敗北が見え始めた頃から三成の首を狙う武将たちが
激しく戦ったといわれています。

田園地帯を歩く人と、幟旗が目印です。

駐車場はありませんが、けっこう「自由」です(笑)

P1080139s

田んぼには電気柵が張られていますので注意danger


上の写真、右手の方向に数百メートル進んだあたりが、
関ヶ原古戦場の中心のようなエリアのようです。


笹尾山の麓に駐車場や広場があります。

P1080155s

本来駐車場になっている場所ですが
この日(7/31)はイベントがあるようで、テントや椅子が用意されていました。

係員が誘導してくれた駐車場は、この建物の前(旧運動場)でした。

P1080141s

廃校になったと思われる校舎は、
甲冑体験などができるようで、
衣装に身を包んだ子供さんたちが出入りしていました。

休憩スペースもありますが、
飲食物は持込み・・・というような感じでした。

そのすぐ横にある島左近の陣地では、音とともに煙が上がります。

P1080142s

その脇に草が生い茂る中、看板を発見eye

P1080146s

不安になりますが「5分」と書いてあったので、信じて登ってみます。

意外にも楽勝な山(というより丘?)でよかったです(笑)

P1080149s

高さはさほどありませんが、眺めは良いです。

P1080150s

建物もほとんどない状況なら戦況を確認しやすいかも。

ここに立ってみてわかるのは、先に陣を張った
石田三成以下、西軍のほうが立地的には優勢なのです。

しかし、最後は味方の裏切りにあって形勢逆転。
家康の人望、悪く言えば「人をたらしこむ」戦略に
三成は敗北したということ、なのですね。

麓へのルートは3本ほどあり、
真ん中のルートを降りてみたら、先ほどのイベント会場?でした。

先ほど煙の上がっていた付近を散策

P1080154s

なかなか立派な馬防柵です。
長篠の(織田・徳川軍)馬防柵より、よくできていますね~

しかし、人はそこそこにいるのに
なんとなく盛り上がりにかけているというのか・・・
イベント会場も、この先何がはじまるのか表示もありませんし、
テントでの物販もあまりパッとしない感じでした。

ボランティアやスタッフの方が観光客の対応に慣れていない感じです。

陽気に迎えてくれたのはゆるキャラくらい(笑)

P1080156s

隣町の垂井町(たるいちょう)のためにゃん

平塚為広をモチーフにしています(←よくわかんないhappy02


再び車で移動です。国道を挟んで南側へ向かいます。


開戦地

P1080159s

松平忠吉(家康の四男)と
井伊直政(出陣当時は我がふるさとの武将ですgood)が
福島正則に抜け駆けして決戦の火蓋を切ったという場所。

すぐ傍には、小西行長や宇喜多秀家の陣もありますが
この周辺、道が細く、大型の車は注意が必要です。

P1080163s

島津義弘陣跡

P1080166s

徳川四天王の一人・本多忠勝の陣地に行きたかったのですが
徒歩推奨ルートということで、車の乗り入れが難しくてやめました。

再び駅の近くまで引き返します。

松平忠吉・井伊直政陣跡

P1080170s

駅のすぐ東側、線路脇にあります。
ここから開戦地に向けて「抜け駆け」してしまったようです。
(抜け駆け説については、諸説あるそうです・・・)

ちなみに、お二方とも遠江のお生まれでございます。
浜松っ子は喧嘩っ早いというのかせっかちということでしょうか、ね(笑)

松平・井伊の陣地に隣接して、東首塚があります。

P1080169s

東首塚と西首塚の2ヶ所に戦死した兵たちが
埋葬されているそうです。

この朱塗りの建物は、供養のために名古屋の山王権現社を
昭和になって移築したものだそうです。

まだまだ見どころ(特に西軍)があるのですが、
今回のところはここまでにして、関ヶ原を後に滋賀へ向かいます。

目的地は草津市でしたが
道中、佐和山トンネルをくぐったことに気づき、彦根へ寄り道。

関ヶ原の流れで、ここに立ち寄ってみました。

(彦根)龍潭寺と佐和山城跡

P1080196s

龍潭寺といえば、遠江(浜松)とともに井伊家の菩提寺。
井伊家は、関ヶ原の戦いの後にこの地の藩主となりますが
もともとは、石田三成が治めていた地です。

そんなわけで、参道に石田三成の銅像があります。

P1080184s_2

実は、3年前にもここを訪ねているのですが・・・

山門をくぐって、左手に建物内の拝観受付がありますが、
ハイキングコースの看板に沿ってまっすぐ進みます。

お堂(名称は忘れましたsweat01)の右手に道が続いています。

P1080187s_2

この先の看板には、
午後5時でお寺の門が閉まると書いてあるし
人気がまったくないし、
さらに、所要時間がわかりません。
(後で調べたら片道30分ほどだそうですが・・・)

とどめにこれ(爆)

P1080188s_2

P1080191s_2

徐々に本格的な山登り(ハイキング)コースになります。

熱中症も洒落になりませんが、
猿に襲われたなんていったら笑いものになってしまいます。

ということで、今回も道半ばで退散してまいりましたdash

季節や時間をしっかり選んで行くべきところですね。


西軍(石田三成)派ならば、
関ヶ原古戦場からこのルート(あるいはその逆)もおすすめです。


【ももよろず日記関連記事】
pencil滋賀の秋旅~彦根龍潭寺と佐和山城~(2013.12) こちら




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