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2013年6月

2013年6月30日 (日)

福島の旅5~鶴ヶ城~

福島の旅 つづきです。

今、最も旬なお城 鶴ヶ城へ。今回の旅のいちばんの目玉eye

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史跡としては、地名の「若松城跡」と称されています。

1384年に葦名氏によって、この地に館が建てられたのがはじまり。
天守閣や城下町の整備に大きく関わったのは、
戦国時代に城主となった蒲生氏郷(がもううじさと)です。

その後、徳川家光の異母弟にあたる保科正之が藩主となり、
徳川家の子孫・松平家がお城を守ってきました。

しかし、幕末の戊辰戦争で新政府軍に攻められ
1ヶ月の籠城戦ののち降伏し、明治7年に荒れ果てた鶴ヶ城は
石垣の部分を残して取り壊されることとなります。

その後1965(昭和40)に天守閣が再建されました。

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徳川の三ツ葉葵の御紋にテンションあがりますup

しかし、20数年前に一度訪ねたことがありますが
こんなに大きなお城だったか記憶がさっぱりwobbly
(決して、酒蔵めぐりで酔っぱらっていたわけではありません)

観光案内所で、無料のボランティアガイドさんをお願いしました。
 ※来場者も多いので、ボランティアガイドさんも大忙しです。
  予約がオススメ

ガイドさんが案内してくださるのは、主に天守閣の外。

私が食いついたeyeのはこちら。

表門にあたる鉄門(くろがねもん)近くの石垣。

石の加工方法によって年代別に大きく3種類に分類されますが
(野面積み、打ち込み接ぎ、切り込み接ぎ)
この3つを近距離に見られる貴重な空間。

Isigaki_2

こちらが鉄門
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ずいぶんと建物がきれいでした。

2000年に写真左手の部分の南走長屋と干飯櫓(ほしいやぐら)が
復元され、
さらに、2011年には瓦をすべて赤瓦に葺き替える工事が行われました。
(普通の瓦と比べ、雪や寒さに強いとされるため)

どおりで私の記憶にこの景色がないわけですねcatface


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写真ではわかりにくいのですが、鶴ヶ城の屋根の上にはシャチがいます。
なんと名古屋城の金シャチならぬ銀シャチ

名古屋城のガイドさんが、
「名古屋城の築城主・家康に遠慮して、鶴ヶ城は銀なんです」と
おっしゃってましたが、鶴ヶ城でお聞きしたら・・・ホントでした。

でも、鶴ヶ城のシャチの目にはダイヤモンドが埋め込まれているそうで、
もしかしたら、こちらの方が高価かも~shine


かつては住居となる本丸御殿が立ち並んでいた場所は
緑の空間となっています。

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唯一、当時を残す建築として保存されているのが茶室・麟閣

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鶴ヶ城と茶道との関わりは大変深く、
豊臣秀吉から切腹を命じられた千利休亡き後、
藩主・蒲生氏郷が利休の子、少庵を会津にかくまいました。

氏郷は、千家の再興を申し出るなど尽力し、
少庵の子孫が興した三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)が
現在の茶道にも引き継がれているそうです。

その少庵が氏郷のために建てたのが この麟閣です。

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お茶のための櫓(茶壺櫓)まで備えていたという鶴ヶ城。
櫓の跡から茶室が見下ろせます。

中では、お抹茶とお菓子がいただけます。
椅子に座ってのカジュアル形式なので、作法がわからなくても安心happy01

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ガイドさんの案内は、この麟閣まで。約50分でした。
ガイド歴の長いベテランさんで、質問にも丁寧に答えてくださいました。

そして、いよいよ天守閣へ入場。

こちらも近年リニューアルされたばかりで、
内部は博物館になっています。
歴代城主などの解説パネルや武具などの展示、
戊辰戦争に関する展示など内容も盛りだくさん。

貴重な資料が多いので、一部の階を除いて撮影禁止。

というわけで、最上階からの眺めです。

天守閣から、南走長屋・干飯櫓に続く建物と町の景色

写真真ん中に長く伸びる廊下はギフトショップになっていて
地元の工芸品やキャラクター品など、気の利いたおみやげが
揃っています。

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じっくりおみやげを見ていたら閉館ギリギリにsad

というわけで、新しくできた南走長屋・干飯櫓は
ほとんど素通り状態となってしまったのでした~dash

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それにしても、予想よりもはるかに大きなお城で
会津藩が奥州で大きな力をもっていたことを改めて認識しました。

この鶴ヶ城の各所でも大河ドラマ「八重の桜」のロケが
行われたそうです。
そんな楽しい裏話も、マニアックな歴史のことも聞ける
ボランティアガイドさんの案内もオススメです。

福島の旅、まだ続きます(長っhappy02


pc鶴ヶ城(会津若松市観光公社)
http://www.tsurugajo.com/index.html


【ももよろず日記関連記事】
pencil福島の旅1~白河小峰城~  こちら
pencil福島の旅2~那須平成の森~ こちら
pencil福島の旅3~大内宿~ こちら
pencil福島の旅4~飯盛山~ こちら

2013年6月23日 (日)

福島の旅4~飯盛山~

福島の旅 つづきです。

いよいよ旅の本丸・会津若松のまちへ。

実は会津若松へは二度目となりますが
前回は、歴史オンチだった20年も前の若かりし頃でした。
鶴ヶ城だけちらりと見て、あとは酒蔵めぐりをして、
そのまま喜多方へラーメン食べに行きました・・・(爆)

というわけで、今回は歴史旅をまじめにしようと
向かった先は飯盛山

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会津戦争の白虎隊の悲劇の舞台となった地です。
ここに行かずして会津の歴史は語れない!というわけ。

動く歩道(エスカレーター・有料)が整備されていました。

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でも、ちょっとお世話になるのは早い!と階段登りましたよshoe

階段を登り切った左手に
白虎隊十九士のお墓があります。

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白虎隊とは会津藩が年齢別に編成した部隊の中で
年齢16~17歳の男子を中心に結成されていました。

このうち、戸ノ口原の戦いに負けて、
ここ飯盛山にたどりついた二番隊の二十士が、
この地からお城から火の手が上がったように見えて
戦に負けたと思い込み自刃したという悲劇です。
(その後、一人は蘇生し、この悲劇を伝えたということです)

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3キロほど先にかすかに鶴ヶ城が見えました。
(写真ではよくわかりませんが・・・)

広場では演武も行われていました。

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白虎隊の歴史の地を訪ねた後は、
もうひとつ飯盛山で見たかったスポットへ。


国重要文化財  さざえ堂

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建造物好きとしては、「重要文化財」は外せませんwink

1796(寛永8)年にお寺の仏堂として建てられたもので、
外観は「日本版・ピサの斜塔」のような不安定さ。
内部は三層で、二重らせん状のスロープ(階段ではありません)になっていて、
上りと下りがすれ違うことなく、往復できるという不思議な構造。

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上りは時計回り、下りは反時計回りとなります。

ここを境界として反対方向に下ることになります。

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水の流れを分ける「分水嶺」のような感じ?

白虎隊よりも歴史の古いこの建物。一見の価値があります。


さざえ堂を見たあとに、もうひとつ白虎隊ゆかりの地。

白虎隊が戸ノ口の戦いから、ここの洞穴を通って
飯盛山に逃げ延びた 戸ノ口堰洞穴

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写真右上の洞穴を通って、ここ飯盛山に。

この他、飯盛山には白虎隊記念館もあります。
坂本龍馬と並んで、歴史好きの関心を集める白虎隊。

時間があれば、もっと地元の方々からのお話を
聞きたいところでしたが、
飯盛山をあとに、鶴ヶ城へ向います。


pc会津若松観光ナビ
http://www.aizukanko.com/


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pencil福島の旅1~白河小峰城~  こちら
pencil福島の旅2~那須平成の森~ こちら
pencil福島の旅3~大内宿~ こちら

2013年6月22日 (土)

福島の旅3~大内宿~

福島の旅 つづきです。

白河で宿泊し、2日目は大内宿へ。

古い町並の残る宿場町といえば、
中山道の妻籠・馬籠は良く知っていますが
関東から東北方面はほとんど未知の世界。

白河市内から車で1時間ほど。
(会津若松へも1時間ほどです)
人里離れた集落が現れます。

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大きな街道ではありませんでしたが
江戸時代には、会津と日光を結ぶ宿場町として
参勤交代の行列などが利用して栄えたそうです。

重要伝統建造物群保存地区として
妻籠宿などとほぼ同時期に指定されています。

独特な茅葺屋根は、白川郷を思わせます。
地元の方にお聞きしたら、毎年何軒かの葺き替えを
地域で協力して行うのだそうです。

日々生活されている住居でもある茅葺の建物では
軒先を利用したお店の形も独特で、
民芸品や雑貨を中心としたお店が立ち並んでいます。

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てっぺんのちっちゃな屋根は煙出し(煙突の役割)

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街並みの奥まで行き、観音堂まで階段を登ると

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すぐそばにある展望所から大内宿の絶景が眺められます。

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街並みの中央を通る歩道は舗装されてなく
江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気。

お餅やお団子を焼くにおいに誘われ・・・

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小腹を満たした後は、
ネギをお箸替わりにして食べるという
名物のねぎそばをいただきました。

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こちらのお店、大和屋さんでいただきました。

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物珍しさで、ネギで食べてみましたが
1本しかありませんので、難しいったらありゃしない(笑)
味わって食べる余裕なんてまったくありません。

ということで、2~3回チャレンジしたあとは、
普通にお箸で食べながら、薬味としてネギを
かじってしまいました。

それにしても、このネギがかなり辛いっ

というわけで食後は、親切にいろいろと
この地域の歴史を教えてくださったお店で
梅アイスをいただき、さっぱり~(^^)v


ところで、ねぎそばは、こちらの三澤屋さんでは
「高遠そば」として提供されています。

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信州に近い地域の人間は、「あの高遠?」と思わず反応します。

それもそのはず、
高遠城主だった保科正之(二代将軍・徳川秀忠の三男)が
初代藩主として会津に迎えられたところから
職人などともに高遠のそば文化が伝わったと言われています。
(ねぎを箸替わりにするのは、この地での文化らしいです)

お腹もいっぱいになって、いよいよ会津若松へ。


pencil大内宿(観光協会オフィシャル)
http://ouchi-juku.com/


【ももよろず日記関連記事】
pencil福島の旅1~白河小峰城~  こちら
pencil福島の旅2~那須平成の森~ こちら
pencil秋の妻籠散策 (2011.11) こちら

2013年6月18日 (火)

福島の旅2~那須平成の森~

福島の旅 つづきです。

歴史探訪がメインの旅でしたが
ちょっぴり脱線して、自然とのふれあいへ。

白河から車で1時間ほど、県境を越えた
栃木県の日光国立公園内にある那須平成の森

ここは、元々、天皇一家が静養される那須御用邸の一部。
国民向けの公園として、環境省により新たに整備され
平成23年にオープンしたばかり。

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石碑も建物もまだピカピカshineです。

到着が遅かったため、すでにガイドツアーは終了。

こちらのフィールドセンターで情報を収集して
整備された散策コースを30分ほど歩いてみました。

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閉園時間に近かったせいか、すいていて
かなりぜいたくな空間でした。

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最初はゆるやかに登り。歩道は舗装されています。

少し歩くと舗装されていない小径に。

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とりあえず歩ける道を確保したという感じですが
この自然な感じと新緑の清々しさがたまりません。

ここから先は立ち入り禁止ban

月替わりで用意されている散策プログラムなどに参加すると
入ることのできるエリアもあるそうです。

限定モノ好きな私としては残念でしたweep

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次に入った小径は、チップが敷かれていて
フワフワと歩きやすい歩道でした。

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倒木や切り落とされた枝がそのままになっています。

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歴史を重ねると、屋久島や白神山地のように
なっていくのでしょうか。

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短い時間でしたが、変化に富んだ散策コースを楽しむことができました。


ところで、この森に到着するまでの車中
カエルともセミともつかぬにぎやかい鳴き声が
響いていました。

その正体は「エゾハルゼミ」でした。
フィールドセンターに抜け殻とともに説明がありました。

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ちょっと小ぶりなセミです。

西日本では標高の高いところにしか生息しませんが
東北以北では、比較的低地でも生息し、5月くらいから
鳴いているそうです。

夏のセミほど暑苦しい鳴き声ではありませんが
涼しい高原で、一足早い夏気分を味わってきました。

沿道では、ツツジも各所にみられました。

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pencil那須平成の森
http://www.nasuheiseinomori.go.jp/

【ももよろず日記関連記事】
pencil世界遺産の旅 屋久島 (2007.11の旅)
http://momoyorozu.hamazo.tv/e1880616.html
pencil青森の旅 「秋の白神山地」 (2009.10の旅)
http://momoyorozu.hamazo.tv/e2075198.html

2013年6月16日 (日)

福島の旅1~白河小峰城~

昨年の岩手・宮城に続いて、今年は福島へ。

震災復興を旅で応援したいという気持ちと
大河ドラマの舞台へ行きたいという
2つの思いが重なって、今年は福島へ。

1日目は新白河駅に降り立ちました。

白河関まで足を伸ばす時間がなかったので
駅内にあった関所のモニュメントで「行った気分」にbleah

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観光用パンフレットもしっかりいただき
まず向かったのは名物の白河ラーメン

火風鼎(かふうてい)さんにて

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市内には100店ほどのラーメン店があるそうです。

地元の方に聞いたら、「ここ」と教えていただきました。
旨みがたっぷりながらも、あっさり醤油系スープは
私の好みの味heart02
燻した香りのする歯ごたえのあるチャーシューも
おいしかったです。

お腹を満たして、いざ白河小峰城へ。

14世紀ころにこの地に城が構えられ
1632(寛永9)年に初代白河藩主・丹羽長重によって
石垣がはりめぐらされた城郭に大改修されましたが、
戊辰戦争・白河口の戦いで落城しました。

立地的に白河の関に近く、奥州の玄関口を
守るお城だったのです。

美しくそびえるのは天守閣ではなく三重櫓(さんじゅうやぐら)

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しかしこの痛ましい姿crying

1990年代に木造で忠実に復元されているのですが
東日本大震災で石垣が170mにわたって崩れ、
現在は三重櫓に立ち入ることができません。

(三重櫓には大きな被害はありませんが・・・)

大変残念でしたが、公園内で見つけた柵囲いの中には、
石垣が復元に向けてきちんと並べられ、
番号がつけられていました。

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築城当時から残る石垣の大半は無事で
近年工事された場所が崩れているのだそう。

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300年以上前の先人の技術力に驚くばかりです。

隣接する白河集古苑では
この地のかつての名門・結城家と阿部家の
資料が展示されています。

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百名城スタンプもこちらでいただけます。

また、大河ドラマにちなんだ
八重に関する資料が特別展示されていました。

偶然にもこの日(6月10日)が、
大河ドラマではこの地が舞台になりました。
100日間にわたる攻防の末、
白河小峰城は落城したのです。

もう一度、深~く勉強して
復旧したお城を再び訪ねてみたいと思います。

2013年6月 5日 (水)

名古屋城本丸御殿公開 その3

名古屋城本丸御殿公開のつづきです。

pencil名古屋城本丸御殿公開 その1 こちら
pencil名古屋城本丸御殿公開 その2 こちら

本丸御殿をぐるりと見物した結果、
待ち時間25分、見学に25分ほどでした。
(公開翌日の5月30日 金曜日でした)

この本丸御殿、今回公開になったのはほんの一部。

素屋根に覆われたお隣では、
2016年の公開をめざす第2期工事(対面所など)が進行中。

完成した本丸御殿玄関と表書院もきれいですが
私としては、まだまだ工事中が気になります。

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さあ~、と気合を入れて素屋根入口に行くと
まさかの・・・お休み~crying

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火曜日と木曜日は工事お休みにつき閉鎖されています。

私としたことが下調べ不足でございました。

気を取り直して天守閣へ。

こちらは何度も入場しているのですが
本丸御殿公開にあわせた企画展も開催中なので。

上層階の展示は、あまり変化がありませんでした。

最上階からは、素屋根が見えます。
全部完成したら、また格別な景色になるでしょう。

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1階から3階では
「新生・本丸御殿公開記念 本丸御殿復元へのあゆみ」
という企画展。

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1階のみ撮影可(フラッシュ撮影禁止)

2階と3階には、復元に大きな役割を果たした
実測図などの図面、古文書、写真などの
貴重な資料の数々(実物)が展示されています。

特に昭和以降の写真で記録されている資料からは
リアルに当時の様子が伝わります。
このような城郭は珍しいです。

本丸御殿内は建物そのものを見るところなので
資料などをじっくり見たい方は、
天守閣内でじっくり鑑賞できます。

また、西の丸展示館では、
復元に至る記録映像も見ることができます。

本丸御殿の車寄せで再度・・・三つ葉葵の御紋を

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そしてなぜか、その近くで織田信長どのに遭遇

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演武ショーも悪くないけど、自然体でお話してくださいました。

それにしても、この日は、
加藤清正、徳川家康、織田信長・・・と豪勢な顔ぶれに遭遇できました。

本丸御殿以外にもみどころ十分なので
たっぷり時間をとって行かれることをオススメします。  完

2013年6月 3日 (月)

名古屋城本丸御殿公開 その2

いよいよ本丸御殿の中へ。

先ほど見てきた車寄せのすぐ奥にあたる玄関へ。

玄関といっても
訪れた人が待つ「控室」というような空間です。

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全面金箔で飾れた襖に
勇ましい虎や豹が描かれています。
この美しさ、豪華絢爛さだけで驚いてはいけません。

今回、名古屋城本丸御殿の再建に興味を持ったのには、
大きな理由があります。

名古屋城は、
廃城令が出て、多くの城郭が取り壊された明治以降も
優れた建造物として天守閣、本丸御殿ともに保存されました。
さらに、「名古屋離宮」として宮内庁管轄の時代もありました。

その後、1930年(昭和5)に日本ではじめて
城郭建築の国宝に指定されながらも
第二次世界大戦で空襲により焼失しました。

しかしながら国宝指定という背景などから
精密な図面や写真が記録されていて
さらには空襲の直前に1000枚以上の障壁画が
取り外されて、別の場所に保管されていたため
このような再建が可能になったのだそうです。

障壁画はもちろん、建物そのものも
当時のものを忠実に再現しているのですから感動するわけです。

戦争さえなければ、
姫路城に並ぶ天守閣と
二条城に匹敵する御殿を併せ持つ
素晴らしい国宝になっていたと思うと残念でなりません。

「尾張名古屋は城で持つ」という言葉も
このような近年まで続いた歴史背景があるのでしょう。
今回の再建もかなりの企業と市民の寄附が
原動力になっているそうです。

随分脱線しましたが・・・(笑)

そんな背景を感じながら、さらに今回の公開には
河村市長さんと運営側との
すったもんだの一幕もあったそうです。

せっかく見に来てくれる人たちに
「ホンモノを展示しろ!」という市長と
文化財保護の重要性から慎重になる
運営側との折衷案が「ガラスケース展示」だとか。

期間限定(6月9日まで)展示されています。

重要文化財 竹林豹虎図

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別々に撮った写真なので組み合わせがビミョーですが(^_^;)
400年前の作品とは思えないほどきれいに保存されています。

これを復元したものがこちら

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建物内の障壁画が、すべて重要文化財で埋め尽くされたら
すごいんですけどね~

さらに奥へ進むと表書院へ。
正規の謁見に使用された建物です。

この本丸御殿の展示で嬉しいのは
写真撮影が比較的自由なこと(フラッシュ撮影は禁止)

また、一部の部屋では、1メートルほどの間近な距離で
この障壁画を見ることができるのです。

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動物の絵が多い玄関に比べ
こちらでは、優雅な草花の絵が多く見られます。

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襖だけでなく、建具の金具などもピカピカshine

どれだけの金箔使っているんだというくらい
金箔尽くし。
さすがは、金シャチがそびえる名古屋城です。

でもみなさん金箔や障壁画ばかりに目が行きがちですが、
天井の組み方や屋外に出た時の屋根の柿(こけら)葺きといった
建築様式にもぜひ注目していただきたいと思います。

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正直、ピカピカすきて歴史は感じられませんが、
モノは考え様。
自分が400年前にタイムスリップして
建築したばかりの御殿いると思えばいいんですbleah

キャー、家康さんもいる時代だわっ

と思っていたら、見学後に外でばったり出会いました!

おもてなし武将隊の家康殿にheart04

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握手に記念撮影までしていただきました~

でも、ビニール傘じゃなくて、蓑じゃなくっちゃね~
そして、お供がいませんが大丈夫かしら?

本丸御殿内の見学は終わりましたが
まだ続きます・・・

2013年6月 2日 (日)

名古屋城本丸御殿公開 その1

5月29日より公開された
名古屋城本丸御殿へ行ってきました。

一般公開翌日の30日に訪ねました。

もっと混雑してるかと思ったのに、あれっ?
東門のチケット売場はこんな感じ。

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(あとで、そんなに甘くないことに気づくのですが・・・)

普段は、おもてなし武将隊の演武が見られる
二ノ丸広場には、飲食店などが並んでいて
お祭りムードになっています。

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今頃満開なので、サツキだと思いますが鮮やかです。


天守閣のあるエリアに入ろうとすると
「本丸御殿に入場される方はこちらへ・・・」の誘導が。

その方向を見ると、”じぇじぇ~”な行列。

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テントの外に約50メートルほどの行列(右端さらにつづく)
待ち時間の案内は出ていないので、30分と予測。

テントまで進むと、30~40人で1グループにまとめ
入館証のネックストラップが配布されます。

P1050603

カラーで区分されていて、色ごとに入場するのです。
5~10分間隔での入場です。
なかなかいいシステムですね~

待つ間も退屈しないように
おもてなし武将隊の面々がやってきて、
声をかけてくれたり、撮影に応じてくれたりします。

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加藤清正殿でございます。

そして、私の予想通り、25分待ちで入場できました。

団体観光ツアーのように旗について行きます。

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こちらが復元された本丸御殿の車寄(くるまよせ)

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グループになって本丸御殿に入るので
ここでは立ち止まって写真撮影しないようにとのお達し。
(見学後に、ここではいくらでも撮影できますから言うこと聞きましょう!)

入口は、御殿の東側になります。

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御殿内は、ヒノキの香りがプンプン。
木の白さが目立つ、できたてほやほやの空間です。

もちろん御殿ですから靴を脱がなくてはいけません。
しかし、下駄箱やロッカーもご立派。

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下駄箱を抜けて渡り廊下を通ると
あれっ? この先は素屋根の中?

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この本丸御殿、今回公開されたのは
第1期工事として完成した部分。

この先、第2期、第3期と続くため(現在進行形)
一部は素屋根の中に入っているのです。

こちらは、今回の公開部分の工事中写真

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(2011.7撮影)

いよいよ豪華絢爛な襖絵が見られる内部へ。

つづく

旧見付学校

遠出のレポートばかりでしたが
地元にもレトロな名所がありました。

旧見付学校
(静岡県磐田市・国史跡)

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入場無料ですが、受付をすませると
ボランティアガイドさんが案内してくださることに。

明治6年(1873)に地元有力者の協力で建てられた
私設の学校です。

棟梁は、伊藤平右衛門
木造擬洋風2階建てに2層の楼がありました。
(現在は3階建て2層になっています)

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入口にかかる額は、当時の浜松県令から寄贈されたもの。
ここは当時は、浜松県の一部でした。

入口は2つに分かれています。
当時、男女が一緒に勉強するということはなく、
それぞれ別の教室で学んでいました。

基礎の石垣は、横須賀城跡(現在の掛川市)に
あったものだといわれています。

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教室の中に入ります。

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当時は、義務教育ではありませんので、
通えるのはお金のあるうちの子供だけ。
勉強したくても通えない子どもも多かったことでしょう。

ノート代わりに使われていた石盤という
筆記用具。

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まだ紙が貴重な時代だったのです。

こちらは教員室

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なんだか校長先生っぽいですね。

2階、3階には、教科書類など学校で使われた道具をはじめ
郷土資料などたくさんの資料が展示されています。

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昔の遊びを体験できるスペースもあります。
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まるで、お城のような急な階段が続きます。

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息を切らしながら最上階の楼まで登りました。

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小さな部屋ですが眺めはGood。
昔は、この部屋から時を知らせる太鼓の音が響いていたそうです。
その太鼓は、徳川家康を窮地から救ったと伝えられる
「伝 酒井之太鼓」 (現在は1階に展示されています)

ここにも徳川家康の歴史があるとは感動ですhappy01

校舎の裏手には、私設の図書館 磐田文庫があります。

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この地には、江戸時代から地元の有力者が私塾を開いたり
書物を提供するなど、大変学習環境に恵まれていたのですね。


旧見付学校のような擬洋風建築で知られる校舎は
長野県松本市にある開智学校も有名です。

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2012.6撮影

開智学校、旧見付学校と訪ね
静岡県内にもうひとつ貴重な学校の建物があることを
知りました。
松崎町にある岩科学校です。こちらもぜひ訪ねようと思います。


【ももよろず日記関連記事】
pencil信州歴史旅~開智学校~(2012.6)
http://momoyorozu.hamazo.tv/e3672527.html

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